短編小説

□不幸でも〜その中で〜
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不幸でも〜その中で〜


 下校時刻が近付く学校。

 夕焼けに包まれた校舎の屋上で、一人の少女がフェンスにもたれかかって下校していく生徒を見ていた。

 その姿が今日も一日、無事終わったような気分を感じさせる。


「……」


 少女は長い髪を風になびかせ空を仰いだ。

 と、その時屋上から校舎の中へ続く扉が音を立てて開き


「ナツ、待った?」


 一人の少年がやって来た。

 声がかかるとナツ、と呼ばれた少女は微笑んで振り返る。


「大丈夫だよ」


 ナツは腰まである長く茶色の髪を持ち、左右を少しずつ結んでいる。

 ナツ、と呼ばれるが本名を茨城夏海(イバラギ ナツミ)という。


「ハルくんも委員会お疲れ様」


 またニコッと笑う。


「あぁ。あの先生話しが長いから……」


 心底疲れたような声を出して今やって来た少年、ハルはナツの横に付いた。

 名前は鈴宮遥(スズミヤ ハルカ)、通称ハルと呼ばれる。

 もっとも呼んでいるのはナツぐらいのものだが。


「そうだね。もうほとんどの人が下校しちゃったもの」


 まだ少しだけある下校していく生徒の姿を見てナツが言う。


「本当に、委員会って面倒だ」


 ため息混じりにハルが言うのを聞くと、ナツは彼のほうを見た。


「ねぇ、ハルくんはそれを不幸って思う?」


「は? いや、不幸までは思わないけど」


 そこまで大げさに言うつもりはない。


「そっか。なら、ハルくんは不幸を感じることがある?」


「感じない人のほうが珍しくないか?」


「それもそうだね」


 逆に問うように言われるとナツは苦笑しながら頷いた。


「でも良かった。ハルくんが不幸を感じてて」


「……は?」


 心底嬉しそうに言ってくるナツに思わず首を傾げるハル。


「だって、不幸を感じることができる人は、幸せを知ってる人。だからハルくんは幸せ」


「……」


 ナツが綺麗に微笑むとハルは言葉を失った。


「人の一生は不幸が多いって言うけど、きっと不幸を感じてるとき以外は幸せなの」


「それに気付くか気づかないかの違い?」


「うん」


 ハルが問うのにナツは笑顔で頷いた。


「……。そろそろ帰るか、ナツ」


 空がだんだん暗くなってくるのを見てハルは鞄を持ち直した。


「そうだね」


 先にハルが校舎へ入る扉に向かって歩き出し、それにナツも続いた。

 やがて、日が沈む。




終わり。
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