短編小説
□妖精の物語
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妖精の物語
暗い暗い水の底、妖精は一人ぼっちで眠っていた。
上下も左右も感覚が分からない。
なにも見えない。
自分の姿さえ確認できずに、妖精は自分が何なのかさえも見失っていた。
その眠りを覚ましたのは、か弱い助けを求める泣き声だった。
「うわああん……うぅっ、うぅー……」
小さな体をさらに小さくして、女の子が泣いている。
人里から少し離れた森の中、濁った泉のほとりで女の子は震える体を必死に自分で抱きしめた。
「一人、ぼっち……に、なるの、やだよぉ」
震えながら女の子は涙を拭っていた。
その時、泉が水音を鳴らした。
「ひっ!?」
静まり返った森の中で、些細な音に女の子の不安はあおられる。
上空でカラスが飛んだ。
遠くで獣の遠吠えが聞こえる。泉で、何かが跳ねた。
不安で辺りを見渡して、目が合った。
「……」
男の子が、突然光り輝き出した泉の向こう側に立っていた。
「だ、誰、なの?」
「き、君は? どうして、泣いているの?」
尋ね返してきた男の子の声も、ほんの少しだけ怯えているようだった。
「ミリーネ。ミリーネは一人ぼっちで……寂しくて、怖くて……」
ぼろぼろとミリーネの目から涙が溢れた。
男の子は泣いてしまうミリーネにどうしたら良いのか分からないで、困った顔のまま、少しだけミリーネに近づいて座った。
呼吸を整えて、男の子は歌を紡いだ。
優しく、心を穏やかにさせる声音に、ミリーネは思わず聞き入った。
「すごい、すてきな歌だね。
歌が上手なんだね。
声もとっても綺麗だったよ」
拍手をして、ミリーネは笑った。
「……笑って、くれた」
思わず釣られて笑ってしまうほど、ミリーネの笑顔が輝いて見えて、男の子も嬉しくなった。
「あなたの名前はなんていうの?」
「僕? 僕には、名前はないよ。
ずーっと、泉の底で眠っていて、ミリーネの声で目が覚めたばかりだから」
「泉? そっかぁ、じゃああなたは泉の妖精なのね!
絵本で読んだことあるよ、濁った湖の底で眠ってる妖精さんの物語。
妖精さんが目を覚ましたら湖が、ぱぁって光るの!
ね、あなたもそうなんでしょ?」
太陽の光を反射させる泉を指してミリーネは笑った。
「そう、なのかな、僕は僕のことが良く分からないから。
ねぇ、だからミリーネが僕に名前をくれると、嬉しいな」
照れたように言えば、ミリーネは少しだけ考えて
「じゃあ、ルリ」
「ルリ?」
「うん、綺麗な青色をそう言うんだって。
ルリの泉、とっても綺麗な青色だから!」
「そっか。ありがとう、ミリーネ」
名前がもらえたことが嬉しい。
ルリは見失った気がしていた自分をまた取り戻した気分になった。