短編

□責任と姿勢
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Jr.選抜の試合も終わり、日本を応援していた者達が歓びに包まれているさなか、手塚は一人浮かない顔をしていました。
怪我を負いながら、試合を続けると聞かない切原の放った台詞が、手塚の胸を痛めていたのです。
部長として、青学の柱として、自分の意志を貫き青学の勝利の為に肩を懸けて試合を続けた手塚でしたが、それは同時に、自分のテニス生命をも懸けていた事になるのです。
ですが、手塚は仲間や後輩達に自分の想いを伝え、引き継いできたものを繋げたかったのであって、決して自分の真似をして怪我を悪化させてまで試合を続行する事を覚えさせる為ではなかったのです。
真田が切原を説得してくれなければ、手塚は切原に自分と同じ道を歩ませてしまう事になっていたかも知れない…そう思うと、手塚はぞっとしました。
口下手な手塚は自分の想いをうまく言葉にできないでいましたが、その分、誰よりも勝利に執着する姿勢を見せる事で自分の全国への想いを伝えてきたつもりでしたが、今回の切原の言葉で、手塚は自分のやり方を振り返っては他のやり方について考えては思いつかずという悪循環にはまっていました。

手塚「…俺は、切原のテニス生命まで奪っていたのかも知れない」

手塚がぽつりと呟き、俯いていると、不意に後ろのドアが開きました。
ここは男子トイレなので、当然いつ誰が入ってきてもおかしくはないのですが、今はまだ勝敗について一番盛り上がっている頃で、いくらトイレでもこんな状況で席を立つ者というのもなかなかいないでしょう。
ましてやそれが、試合が終わるまではとずっとトイレを我慢していたスタッフや観客であるならまだしも、試合を終えて間もない選手で、今まさに考えていた相手、切原とは。

切原「あー、手塚さん。ここにいたんスか」
手塚「…切原」
切原「どこにもいないから探しちゃいましたよ」

実は切原の他にも、手塚の姿が見えない事に気づいた何人かが探し回っているとは知らない手塚は、なぜという疑問を顔に浮かべたまま、別の事を聞きました。

手塚「肩は…いいのか?」
切原「手塚さんの怪我に比べたら、たいした事ありませんよ。明日にでも真田副部長から罰が下るんじゃないっスか?」

軽い調子で話す切原に、手塚は声を荒げてしまいました。

手塚「何を言っているっ?お前は自分のした事が分かっているのか?あのまま試合を続けていたら、お前の肩は…っ」

手塚は自分を切原に重ねて怒りが沸きましたが、言葉が続きませんでした。
自分の事を棚に上げてと言われてしまえば、手塚は何も言えないのです。
例え、自分の苦しみを切原に味わわせたくないという本心を持っていたとしても…。
ですが、切原は手塚を抱き締め、全く違う心情を手塚に語りました。

切原「すいません、手塚さん。手塚さんの気持ちも知らないで俺、手塚さんなら分かってくれるなんて言って」
手塚「切原…//」

突然の事に手塚は対応が遅れつつも、切原の腕の中で身じろいでみましたが、さすがはあれほどのナックルサーブを打つだけはあり、切原はびくともしません。

切原「俺、もっと強くなります。今よりもっと…。俺、頭は悪いっスけど、ちゃんと手塚さんの気持ちが分かれるようにがんばりますから」
手塚「…いい//」
切原「手塚さん?」

手塚は赤くなった顔を見られまいと俯きますが、手塚の方が背が高いので手で口元を隠して返事を返しますが、よく聞き取れなかったのと意味を求めるように、切原は手塚の顔を覗き込みます。

手塚「こんなもの…お前は、分からなくていい……知らないままで、いいんだ//」

手塚は自分の気持ち、つまり苦しみを理解までしなくていいのだと言いたいのです。
切原は嬉しいような、困ったような笑みを浮かべました。

切原「うーん、それじゃあ困るんスよ」
手塚「?」

手塚はまた意味が伝わらなかったのだろうかと顔を上げますが、次の瞬間、切原に唇を掠め取られてしまいました。

切原「俺、手塚さんの事マジで好きなんで、手塚さんの気持ちが分かんないと困るんス。今は無理でも、付き合いだしたり、結婚したりしても分からないといろいろ不便っスからね」
手塚「なっ…//」

なぜ自分と切原が付き合う事が確定になっているのか、しかも男同士なのに結婚話はないだろう、いやそれよりさっきのキスは何だったんだと突っ込む順番が分からず、タイミングを逃したまま口をぱくぱくさせていると、手塚を探しているらしい声が聞こえて切原が離れました。

切原「残念、時間切れか」

真田「手塚、ここにいたのか。コーチのお前が長時間席を外してどうする」
手塚「あ…そんなに経っていたのか?」
切原「まさか。まだ5分程度っスよ。真田副部長にとっては長〜い時間だったみたいっスけど」
真田「赤也っ!//」
切原「じゃあ戻りましょうか?手塚さん」

どさくさに紛れて手塚の手を握ると真田をトイレに残したまま、切原は会場へ手塚と共に戻って行きました。
真田を黙らせる事に成功した切原は、会場で他のメンバーと合流するまでの間、手塚の手を決して離そうとはしませんでした。
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