短編

□戻らない過去(とき) 上
1ページ/2ページ

青学と氷帝の試合を見た帰り、立海のレギュラー陣は全員で部長である幸村のお見舞いに行きました。

丸井「幸村、見舞いに来たぜぃ?」
柳「身体の調子はどうだ?」
幸村「ああ、大分良いよ。苦労かける。…ところで、今日は青学と氷帝があたったんだろ?なかなか良い試合が見れたんじゃないか?」
切原「そういえば、手塚さん大丈夫っスかねぇ?」
幸村「…手塚が、どうかしたのか?」
柳生「ええ。実は、跡部君との試合で手塚君が怪我をしてしまったんです」
幸村「え?手塚が…っ?」
ジャッカル「ああ。かなりの接戦だったぜ」
真田「怪我をするなど、たるんどる証拠だ」
仁王「よく言うぜよ。手塚が怪我した時に一番取り乱しちょったのは真田ナリ」
真田「なっ…何を言うかっ?//」
仁王「…プリッ」

真田は否定しましたが、真田が手塚に好意を持っているのは明らかでした。
もっとも、手塚の恋人である幸村の前でそんな事に触れようものなら、真田はもちろん、それに触れた本人もただではすまないのであえて誰も言いませんでした。

しばし部員達の報告や世間話を聞いていましたが、幸村の頭にはずっと手塚の事しかありませんでした。
幸村は、大石以外で手塚の腕の事を知る唯一の人物なのです。本当は手塚の怪我について詳しく知りたいところでしたが、聞いたところで幸村は手塚の元へ行く事はできません。
重い病を患い、外出一つできない幸村にはただ待つしかないのです。手塚が自分から、幸村に会いに来てくれるのを。
何度手塚に会いたいと思ったか分かりません。
手塚が怪我をしても、傍にいる事すらできない幸村は、自分の不甲斐なさを恨みました。

手塚「…幸村、入るぞ?」

幸村が手塚の怪我を知った2日後、ようやく手塚が遠慮がちなノックと共に幸村の病室を訪れました。

幸村「やぁ手塚。来てくれたんだ?」
手塚「身体の容態はどうだ?」
幸村「問題ないよ」
手塚「そうか…良かった」

風の噂では、手塚は左肩を痛めていると聞いていましたが、手塚は幸村の目から見ても、いつもと何ら変わりありません。
幸村の洞察力が低いのではなく、手塚の振る舞い方がそれだけ完璧なのです。
ですが、幸村は知っていました。辛いとさえ言えない事が、一番辛いのだという事を…。

手塚「実は、今日は幸村に渡したい物があるのだが…」
幸村「渡したい物?」

手塚は鞄の中から一つのキーホルダーを取り出しました。
そこには薄い桜色の水晶玉に、綺麗な音の鳴る小さな鈴がついています。

幸村「これ、どうしたの?」
手塚「神社で見かけたんだ。お守り代わりになればと思って…」
幸村「手塚、ピンクの水晶の意味、知ってる?」
手塚「意味?」

手塚の反応を見てやっぱりかと言う代わりに、幸村は苦笑を漏らしました。

幸村「恋愛運に関係するのがほとんどなんだけど、神社だったら…そうだな、縁結びってところかな?」
手塚「そ、そう…なのか?」
幸村「手塚らしいね。初めてじゃないかな?手塚から愛の告白なんて」
手塚「なっ…そ、そんなんじゃない!あまり笑うなっ//」

幸村の話を聞いて、手塚は顔が赤くなりました。
そんな手塚を、幸村はクスクス笑いながらからかいます。
幸村の元気な姿に、手塚の表情は自然と穏やかなものへと変わっていきました。

―この笑顔に、自分は何度救われただろう?
手塚はいつだって自分を支えてくれたのに…
それなのに、自分は―…

幸村は、何かが切れた様に笑うのを止めました。
そして、手塚の腕を引き寄せてからそっと唇を重ねます。

手塚「っ…?//」

手塚は突然の事に驚きましたが、抵抗する事なく静かに目を閉じました。
ですが、次の瞬間、手塚は幸村に突き放されてしまいます。

幸村「…別れよう?手塚」

手塚は耳を疑いました。聞き違いである事を望みましたが、それでも幸村は、そんな手塚の期待を裏切るかの様に、いつもと全く変わらない口調で言い放ちます。

幸村「俺と別れて欲しい」

再びはっきりと同じ事を言われた以上、嫌でも事実だと認めさせられてしまいました。

手塚「……分かった」

やっとの事でそれだけ言うと、手塚は自分の使った椅子すらそのままに、部屋を後にしました。

―手塚は、何も聞かなかった
いつだってそうだ
ただ相手の言い分だけを聞いて、誰1人責める事なく、たった独りで抱え込む
どれ程辛かっただろう?
どれ程苦しんだだろう?
そんな手塚を支えたかったはずなのに…
結局は自分も、手塚を傷つけ、苦しめる内の一つに過ぎない

幸村は、そんな自分が嫌で、許せなくて、手塚の為に身を引く事を選びました。
それが、手塚の為になるのだと信じて―…

―それでも…手塚が好きだと言ってくれた自分だけは、信じたかったのに…

ベッドの上に残された桜色の水晶玉が、手塚の温もりを消し去るかの様に、静かに鳴った…―

続く
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ