短編

□唇
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手塚「よし、10分休憩っ!」

リョーマ「…部長」
手塚「どうした?越前」
リョーマ「部長、唇荒れてる」

せっかく綺麗なのに、とリョーマは潤いを失った唇を気にも留めない様子の手塚を、内心腹立だしくさえ思えました。

もっと大事にしてよね。もったいないじゃん。

リョーマは手塚が、自分の唇が荒れていることに気づいていないのかもしれないと思い、手塚の返答を待ちました。

手塚「ああ、もうすぐ冬だからな。空気が乾燥しているんだろう」
リョーマ「そんな事言われなくても知ってるっス」

リョーマは的外れな回答に思わず喧嘩腰になってしまいました。

不二「手塚は、リップクリーム塗らないの?」

不二はリョーマと手塚が一緒にいるところを見つけ、すかさず2人の間に割って入りました。

不二「僕のでよければ貸そうか?」
リョーマ「絶対駄目っス!」

不二の狙いを察しリョーマは敏感に反応します。

不二「じゃあ、越前は手塚の唇が荒れているのを見て放っておけって言うの?」
リョーマ「俺が言ってんのは不二先輩のを部長に使わせるっていう事っス!」
手塚「女子じゃあるまいし、気にする必要ないだろう?」
不二「そんなこと言って、唇が切れて血でも出たらどうするの?」
リョーマ「今時男子だって、リップクリームくらい持ち歩いてたって不思議じゃないっスよ」
手塚「そうなのか?」
リョーマ「っス」
手塚「…」


手塚は部活が終わった帰り道に、早速近くの薬局に寄ってみました。しかし、リップクリームといっても色々な種類があるので、自分には無縁な物だろうと思っていた手塚にはどれがいいのかさっぱりでした。

手塚「…不二が使っているのを見せてもらっておけばよかったな」

別に急ぐ訳でもないし、明日でもいいだろうと思って手塚は店を出ることにしました。

跡部「よぉ手塚、奇遇じゃねぇか」
手塚「跡部…」
跡部「こんな時間にんな所で何やってんだ?アーン?」

手塚は丁度いいと思って跡部に聞くことにしました。

跡部「アーン?リップクリームだと?」
手塚「ああ。男でもそれくらい気を配るものだと、今日の部活で不二と越前に注意されてしまって」

あの2人の言う事を一切疑わないで、素直に、それも言われたその日にリップクリームを買いに来た手塚が可愛くて、跡部は無性に抱きしめてやりたくなりました。もっとも、夜とは言え公共の場でそんな事をしようものなら、もう街中で手塚に声をかけても、相手にしてもらえない恐れがあるのでしませんでしたが。

跡部「なら、これなんかいいんじゃねぇか?」
手塚「これか?ありがとう」
跡部「気にすんな。何なら俺が買ってやるぜ?」
手塚「いや、教えてもらった上にそんな事までしてもらう訳にはいかない」

跡部は純粋に、自分が手塚に買ってやりたいという好意から言ったことなのですが、手塚が人に奢ってもらうなんてことを喜んでするはずもなく、当然断られてしまいました。
跡部は、そんな律儀な性格をしている手塚が誰よりも好きで、気に入っているのも事実ですが、欲を言えばもっと自分に甘えて欲しいというのが本音でした。

手塚は跡部が選んだリップクリームを買って、2人一緒に薬局を出ました。

手塚「跡部はこんな時間に何をしていたんだ?何時も登下校は車でしているんだろう?」
跡部「アーン?ちょっとな。忍足の奴がこの俺様に本屋に付き合えだとよ。くだらねぇ事で俺様を振り回しやがって。忍足と別れた後でたまたま手塚があの店に入るところが見えたんでな」
手塚「そうか」
跡部「ま、忍足なんぞに付き合ってやったおかげで手塚に会えたからな。文句は言わないでおいてやるぜ」
手塚「俺に?何か用事でもあるのか?」
跡部「…いや、何もねぇよ」
手塚「では何故俺に会えたら文句を言わないんだ?」
跡部「んな事より、それ今つけねぇのか?」

何時まで経っても跡部の気持ちを察することのできない手塚に雰囲気作りは無理だと分かり、跡部は話題を切り替えました。

手塚「今からか?もう鞄の中に入れてしまったし、後は家に帰るだけだぞ?」
跡部「いいじゃねぇか。もう少し行けば公園があるから、そこで俺様につけて見せろよ。きっと似合うと思うぜ?」

手塚は最後の“似合う”という表現が気になりましたが、選ぶのを手伝ってもらったので、そのリップを使うところを見せれば満足するだろうと思い、跡部の言う通りに公園でつけることにしました。

2人は一つのベンチに鞄をおろすと、手塚は中から先程購入したリップクリームを取り出して唇に塗りました。

跡部は制服のポケットにでも突っ込んでおけばいいのにと、内心思わなくもありませんでしたが、今は手塚が自分の選んだリップクリームを塗り終わるのを大人しく待っておく事にしました。

手塚「…これでいいか?」
跡部「アーン?…なっ!?//」

跡部が手塚に進めたのは、薄いピンク色がつきグロスのような艶が出るタイプのものでした。
跡部は手塚にわざとそういうものを選ばせ、女みたいだとからかった後で口説きおとしにかかるつもりだったのですが、からかう域を大きく通り越して、今の手塚は誰が見ても見惚れてしまう程に美しくなっていました。

リップクリーム一つでここまで変わってしまうものなのかと、跡部は苦笑をもらしました。
一方手塚は鏡がないので、当然跡部が笑ったのは自分の顔がおかしくて笑ったのだと受け取りました。

手塚「跡…」

手塚は講義しようと立ち上がりますが、その途端、跡部が手塚を抱きしめました。

跡部「想像以上だ。綺麗だぜ?手塚」
手塚「なっ…//」

跡部にそう耳元で囁かれて、手塚は訳が分からないといった風でしたが、ようやく自分達の今の状況を把握すると、先程まで無表情だった手塚の顔が一気に赤くなりました。

手塚「よっ、よせ跡部っ…!//」

表情は見えませんが、声だけで冷静沈着な手塚が慌てているというのが分かり、必死になっている手塚がこの上なく可愛くて…跡部はつい意地悪をしてみたくなりました。

跡部「そんなに慌てなくても、誰も見てねぇぜ?まぁ、仮に見てたとしても、見せつけてやりゃあいいじゃねぇか?アーン?」
手塚「ふざけるなっ!さっさと離せっ//」
跡部「アーン?この俺様がここまで我慢してやっただけでもありがたく思いな」
手塚「なっ、何を…っ!//」
跡部「にしてもお前、ほんっと細いな。それに、その唇…何時も以上に誘ってるみてぇだぜ?」

跡部は手塚の顎に手をかけると、手塚が視線を逸らせないように自分の方を向かせます。

跡部「俺様以外の奴に、そんなモン使ったところなんて見せんじゃねーぞ?」
手塚「〜っ…//」

手塚は赤くなった顔を隠すこともできずに、恥ずかしい台詞を惜しみもなく使う跡部に耐え切れなくなって、跡部の腕から力が抜けている隙に、手塚はすぐさま跡部の腕を払いのけて鞄を持ちました。そして、跡部を無視して歩き始めます。

跡部「おい、待てよ手塚。送っていくぜ?」
手塚「結構だ!」

振り向きもせずに言い放つ手塚の腕を掴んで、跡部は今までで一番、甘く優しい声で言いました。

跡部「俺が送りたいんだよ」
手塚「…勝手にしろ//」

跡部はそのまま手塚と手を繋いで帰りました。
手塚は家に帰り着くまで跡部の手を振り払おうとはしなかったので、跡部はそれから一週間くらい上機嫌で過ごしました。特に忍足に対しては、忍足が気味悪がるくらいに親切でした。
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