約束

□第三話〜距離〜
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朝練を終えてすぐ、リョーマは早速手塚の好みのタイプを推測します。

練習中スコートではなく、どちらかというと男性の着ていそうな手塚のウェア姿から察するに、ルックスのわりに好んで着飾ろうとはしないようです。
厳しい言葉の中にも部員を思いやった内容を感じ取れ、なかなかのお人好しである傾向が窺えます。
更に、完璧なまでの性格と生真面目さから、典型的な優等生タイプだと見極めたリョーマは、手塚の前であからさまに不真面目な態度を慎むよりも、あえて問題のある行動を手塚に見せ、手塚との関わりを増やしていく事にしました。
そうする事で、手塚から自分に近付いて来るように仕向ける為です。

リョーマ「結構簡単だね。堕とすのに20日もいらないんじゃない?」
荒井「おいお前、よそ見ばっかしてんじゃねぇよ。そんな余裕があんなら、この荒井様が相手してやるぜ?」

先程手塚にグラウンドを走らされたリョーマは、ファンタを飲みながら一人高をくくっていると、荒井がゲームの挑戦を挑んできました。
余程手塚を見ていた事が気に入らなかったようです。

リョーマ「良いっスよ?…手塚先輩、審判お願いしまーす」

手塚に自分のテニスを見せるいいチャンスだと思い、リョーマは他の部員達を無視して手塚に審判をお願いしました。
元々部活では雑用よりも審判役をする事が多かったので、手塚はすぐに対応します。
そこにただならぬ雰囲気を感じていても、今はミニゲームの最中で相手は自由に指名できるので、本人達がやる気である以上誰も口出しはできません。
手塚は審判席に座りました。

リョーマ「まだまだだね」

結果はリョーマの圧勝です。
その結果には誰もが驚きを隠せませんでしたが、手塚一人がただ冷静に試合の結果を受け止めていました。
一つや二つの年の差などまるで関係なく、他の者達を寄せつけない程の実力を持った人物を、手塚はすでに知っていたからです。

大石「竜崎先生の話してた通りだな。頼もしい一年が入ってくれたよ」

大石は部長としてリョーマの入部を素直に喜びました。
放課後の練習も終わり、今日の部活についての話を聞いていた手塚は一人難しい顔をしていました。

大石「…手塚?」
手塚「大石。越前のテニスだが、何か違和感を感じなかったか?」
大石「違和感?」
手塚「随分試合慣れしているようだが、まるで…誰かのテニスを真似ているような気がするんだ」
大石「越前のテニスがか?」
手塚「まだ断定はできないが…まるで向上心が感じられないんだ。その場合、俺は越前に試合を申し込むつもりだ」
大石「なっ!?無茶だ!まだ治療中なんだぞっ?試合なら俺が…」
手塚「いや、俺にやらせてくれ。あいつのいない今、大石一人に負担をかける訳にはいかない」

大石は何も言えませんでした。
それは、いつもは冷静で表情を崩さない手塚が、“あいつ”の話をする時だけは、ほんの少しだけ、寂しそうな顔をするからです。

大石「…分かった。その時は俺も一緒に行こう。相手は越前だ。試合が終わったらすぐに病院に行くぞ」

それだけは譲らないからなと念を押す大石に、手塚は苦笑しながら頷きました。
再び会えると信じている以上、何事もなく再会したいからです。

次の日、授業が終わればリョーマは先手必勝と言わんばかりに生徒会室を訪ねました。
手塚が委員会となると、家にテニスコートがある以上積極的に部活に参加する必要はないからです。

リョーマ「失礼しまーす」
手塚「…越前?部活はどうした?」
リョーマ「これを持ってきたんスよ。図書委員のっス」

図書委員であるリョーマは、委員会の資料を生徒会室に持っていく事を口実に手塚の元へやってきたのです。

手塚「ああ、わざわざすまないな。そこへおいといてくれ」

二年や三年が雑用を一年生に押し付けるのはよくある事なので、手塚も深く考える事はせず用事を済ませてそのまま部活へ向かうだろうと思っていました。
ですが、リョーマはまっすぐに手塚の傍に来て向かい側の椅子に座りました。

手塚「まだ何か用か?」
リョーマ「せっかくだから、手塚先輩の綺麗な顔を見て部活に行こうと思って」
手塚「下らん理由で部活をサボるつもりならグラウンド50周だぞ」
リョーマ「手塚先輩が今日俺と一緒に帰ってくれるんなら我慢して部活に行くよ」
手塚「俺とお前の家は方向が違うはずだが」
リョーマ「送るっスよ」
手塚「部活が終わったら寄り道をしないでまっすぐ家に帰るようにと、いつも大石が言っているだろう?」
リョーマ「手塚先輩って、あの人と仲良いよね」
手塚「いがみ合っていては部活は成り立たない」

手塚は始めに一度リョーマの顔を確認したきり、顔を上げる事はありませんでした。
当然リョーマは手塚を見ているのですが、肝心の手塚は机に向かったまま淡々としたやり取りが続きます。

隙がない手塚の守りをどう崩していくか考えていると、目敏いリョーマは気付いてしまいました。
手塚の首にかかっている物の存在に。

優等生で、規律に厳しい手塚が校則違反をしているのです。
それも、アクセサリーになど見向きもしない手塚が。

この時、リョーマは胸の中のざわめきに、気付かないふりをしました。

Fin.
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