頂き物

□『不可能要素』 硝燦サマより。
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歯を指で挟んで甘く力を入れていく。
痛みも無く、かといってかゆみも無い。
不思議な感覚がその箇所で生まれ、淡く神経を伝っていく。
まるであの人といた時のような、そんな感覚が。






「何をしているのだ、白銀?」





沈むベット。
かかる赤髪が鬱陶しいことこの上ない。
随分と早いご到着だと思いながら、甘噛みしていた指で赤髪を払った。



「うるせぇぞ、糞餓鬼。無断で入ってくんじゃねぇよ」

「余が来ることは解っていたであろう?」

どこが不満なのだ?と言うような顔に舌打ちをする。



「ノックぐらいしろってことだよ」


喉で小さく笑い、焔緋はわざとらしく吐息のように囁いた。



「では、次からは気をつけるとしよう」





嘘をつくな、どうせ守らないくせに。




そんな悪態を込めて舌打ちをしても、焔緋はやはり薄く笑うだけだ。
乱雑に髪をかき上げる。
本当は寝返りを打ってしまいたかったのだが、いつの間にか跨るように自分を見下ろす翡翠の瞳がそれを許さない。




苛々する。こいつはいつもこうだ、神経を逆なですることしかしない。まるで策略しているかのように。




閉じた眼の上に腕を被せる。
さっさと出て行け、言外にそう伝えたつもりだった。
何の加減も無く掴まれた腕。
痛みに目をあけると、焔緋はさも愉快そうに口端を吊り上げた。
そしてそのまま、引き寄せた指を口に含んだ。
なにをしやがる、そう叫んで引き抜こうとした。
だが、


「つっ・・・!?」


犬歯のように鋭い歯が肌に食い込む痛みに声が出ない。
他者であるが故の力加減のなさが直接痛みに変わっていく。
指を引き抜くことも、ましてや腕の自由を得ることもできない己ができることと言えば、自由な右手で強くシーツを掴んでいた身を少しでもやり過ごすことぐらいだ。






ブチッ・・・






何かが切れる音がして、次いで激しい痛みが襲ってきた。


「ああ・・・っ!」


こらえきれずに出た悲鳴と熱が脳を揺さぶる。
ぐるぐると世界が回り、あまりの気持ち悪さに吐きそうになる。
それでも、何も吐き出すことができなかった。
いっそのこと、何もかもを吐き出してしまった方が楽に思える。
そうは思っても、口から出てくるのは荒い息と小さなうめき声だけだ。


「き、さま・・・!」


怒気をはらんだ瞳に、焔緋は涼しげな笑みを返す。
蛇のように長い舌で唇を舐め、おもむろに傷口に舌を這わせた。
生暖かい感触と新たな痛み。
吐き気が増す。痛みと、その光景に。


「そなたにはやはり赤が似合う」


笑う 嗤う

赤い唇で 耳障りな声で

即効性の毒の様に神経を逆なで、不快感をつくり出す。


「あの時のそなたは何物にも代えがたい美しさであった・・・」


恍惚とした表情で焔緋は何かの情景を思い起こすように目を閉じた。







頭が締め付けられる。
警報が体中を駆け巡り、耳をふさげと命じる。



聞くな
これ以上聞くな
世界を塞いで、聞こえないようにしろ。何もかも見えないようにしろ。







でも、出来ない。
掴まれた腕もそのままに、ただ何かに魅入られたように焔緋を見つめていた。




よせ、よせ!それでは、それではお前のためにはならないうのに!







悲鳴にも似た声が鳴り響いた。
焔緋の血濡れた舌がちろりと覗く。



「光はどうも気に食わぬが、あやつらから生まれた血だけはきれいであった」



頭が痛い。

歯がかみ合わない。

視界もぼやけて、息もうまく吸えなくなって。

ヒヤリとした手が頬に触れて、赤髪が頬を滑り落ちた。


「光の王の一人だ。そなたはよく知っておろう」


ざらりと指が上下に動く。
撥ね退けることもできずに、襲いかかる吐き気に必死に耐える。



「“愛”など不要な物を教えようとしていたが、そなたには要らぬものだ。それを知ったところで何になる。我らの治めるべき世界は闇。闇とは死。“愛”をもったところでそなたが得られるのは苦痛だけだ。死を司るが故に我らは常に疎まれ、孤独だ。わかるであろう、白銀?」

「・・・わかるかよ。変質者の言葉がわかってたまるか」

「“解らねばならぬ“のだ、白銀。それもまた影の王としての存在意義であると余は思っているのだが?」

「はっ、散々その存在意義を無視してきたやつが何を言っていやがる」

「すべて未然に、そなたによって防がれている」

「変わんねぇよ」

「はて、そうであろうか・・・?余はそなたも同じように存在意義を無視しているように思えるのだが」

「寝言は寝てから言いやがれ。俺がいつそんな事をした」

「随分と前からしていたではないか。劉黒と・・・」

「貴様がその名前を気安く呼ぶんじゃねぇ!!」


穢れる。

劉黒の名が焔緋の口から容易く出てしまう事が許せない。

お前にその名を呼ぶ権利などあるものか。

お前がその名を知っていること自体が許されないものではないのか。

怒りによる熱が頭の中を熱くさせる。

焔緋はくつくつと心底愉快そうに
笑うだけだ。


それがさらに怒りを熱くさせる。


「・・・訂正しよう。光の王の一人と出会ったその日から、そなたは大きく道を外れていたのだ」

「戯言を。俺は道を外れてなんかねぇよ。むしろてめぇの方が最低な道を歩き出してたんだ」


独裁を望む、ただ己だけの望みをかなえるという、最低で最悪な道を。



焔緋は散らばった髪をひと房手に取り、口付けた。一種の儀式の様に、神聖に。




彼は自分の言葉を無視するのだろう―・・・ぼんやりとそう思った。



「余の事は今はどうでもよい」


予想に反さない答えに、嘲笑ともとれる短い笑いが漏れた。
翡翠の瞳は揺れることも無く注がれている。


「余はただ、そのずれを直したにすぎない。根本的な原因は光の王に一人にあったのだよ。あやつは影に魅入られ、われらの存在意義を脅かすような行動に出た。そして影は少しずつ侵され、その影の力さえも失われようとしていたのだ・・・のう、白銀」




耳鳴り、吐き気。

焔緋が一つ何かを言うたびに神経を、体を毒に侵されていく。
翡翠の瞳に自分の姿が映るのさえも不快であった。
劉黒の世界で見た草木はとてもきれいな、人の心を和ませるようなそんな色だったのに。
なのに何故、焔緋の瞳は不快感しか生み出させないのだろう。


「余はそなたを想っていたのだ。だからこそ・・・」

















「だからこそ、余はこの手で殺し
たのだ。光の王を、」











赤い瞳が好きだった。
黒い髪が好きだった。
やさしい声が好きだった。
あたたかい手が好きだった。
なのに久しぶりに会った彼は、大嫌いな血という赤の中で、
赤い瞳を濁らせて、
黒い髪を赤く染めて、
やさしい声も出すことなく、
あたたかい手は氷のように冷たかった。

約束したでしょう?
いつまでも一緒に居ようねって。

頷いたでしょう?
もちろんだよって。

ねぇ、どうして?


どうしてどうしてどうしてどうし
てどうして














「ああああああああああああああああ!!!!」













耳障りな金属音は私の自由を奪った鎖が生み出したもの。
それに彼は大層うれしそうに嗤うのです。
無邪気に、小さな子どもの様に。



END
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