◎種TEXT◎

□裏切りの代償
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「貴方が、アンタが悪いんだっ…!」


 通信機から発せられる怒声。
怒声は聞こえるがその顔が実際に見えた訳ではない。然し乍ら、瞬間的にアスランの脳裏に浮かんだのは、その長めの黒い前髪を激しく振り乱し、怒りで大きく眦を吊り上げた一人の少年の姿。その双眸には怒りとも憎悪ともつかぬ焔を燃え滾らせていたのが印象的だった一対の深紅の瞳。
アスランは怒声の主から必死に逃げ惑った。理由は簡単。…アスランが彼の、怒声の主であるシンの想いを、裏切ったから。

相手を、彼を、これ程迄に怒らせるのには十分な理由。


「裏切るな!」

「アンタが!…っオレを!」


尚も通信機からは執拗に怒声を張り上げ、逃げるアスランを追い詰める科白を吐き出す深紅の瞳を持つ少年。叫ばれる怒声は止む事無くアスランを責め立て、そして哀しませた。アスランは新緑にも似た深い緑の瞳を辛そうに臥せ乍ら通信機から聞こえる声を只只黙って受け止めるしかなくて。


「俺は、お前を裏切ってなどいない!」

「…シンっ、俺の話を聞け!」


狭いコックピットの中で自身の声が激しく反響し、少しばかり耳が痛む。が、そんな些細な事に構っている余裕等無い。


「なら何で、…何でオレから逃げるんだよっ、アンタは…!」

「だからそれは…、っ!」

「…アイツだろ?どうせあのキラとか言うフリーダムのパイロットのトコに行くんだろ?!」
 
「何で…、」

「…っ、やっぱり!アンタって人は!」

「っ、シン…!」


燃える様な深紅に怒りを乗せ、シンは激昂する。裏切りは許さないと悪鬼の如き形相でアスランの乗る機体に切り掛かった。





 ―――それから半刻と少し前。
シンは、恐ろしい程の功績と早さとでフェイスという称号を手に入れた。その足で彼の人の部屋へ向かった。あの人と同じ称号。同じ地位。今はもう、二人の間には階級的には何の隔たりも無かった。シンは其れを思うと居ても立っても居られなくなった。“あの人”と一緒。そう思うだけで心が沸き立って。


「失礼します」

「ああ、シンか。どうぞ開いてるよ」

「はぁ。…じゃあ、遠慮無く」




「――…で?どうしたんだ、シン?」


自分から部屋にやって来た筈なのに、快く招き入れてやった客人は暫く黙った侭凝乎と床を見詰め続けている。そんな事実に、どうにも居心地の悪くなったアスランが口を開いた。


「…何か、話が有って此処に来たんじゃないのか、君は」

「…っ、それは、そうなんですけどね」

「なら、話してみれば良いだろう?」

「…〜〜〜っ、」


新たな称号を戴き、幾ら襟にフェイスである徽章を着けた所で、人の人格や中身迄がそうそう変わるモノではない。シンは黙り込み、アスランに対し何時もそうする様に何処か拗ねた仕種で顔を背けると両の拳を固く握り締めた侭、一言も発しようとはしない。

 
「…シン、用を伝える気が無いならもう…、」

「っ、オレは、隊長…、っ貴方に!」

「…“アスラン”だ。シン」

「や、それは、…でもっ、」

「彼と、…ハイネと、そう呼び合うって約束、しただろう?」

「それに、もう君はフェイスで、君と俺の間には、何の隔たりも無い。…だろ?」


何処か拗ねた口調。けれど優しい眼差しの中、僅かに刻まれた皺と眉間に寄る影。
きっと思い出しているのだ。あの、明るいオレンジの髪を柔らかく揺らめかせ乍ら、そしてその明るい色と同じ様な温かみの有る声で仲間が何たるかを語ってくれた彼を。そうしてMSのパイロット同士の絆を強めてくれたもう一人のフェイスだった人。新しいフェイスは再び拳を固く握り絞めると、アスランを見遣る。見遣ると、彼特有の困っているのか嬉しいのか判り兼ねる当惑にも似た表情と心地好い声が聞こえて。そんなモノで語られた科白は、シンが先程から感じていた何か得体の知れない昂揚を助長させる。


「…折角同じフェイスという立場になったのに、俺の事は“アスラン”と名前で呼んでくれっていう簡単な頼みすら、聞いて貰えないのか俺は」

「だ、…だって…、」


そう言われ、けれど矢張り視線を逸らすシン。尚も言い澱むシンは駄々を捏る子供の様にアスランの頼みを頑なに拒む。

 
 

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