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□理由が必要なら
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「呼び出すなんて、いい身分だね。」


涼平は、窓際には違いないけれども
店外の常緑樹がつくる影のため他よりも薄暗い席に座っていた。
グラスの中身は、既に半分ほどになっている赤みの強い紅茶。
ガムシロップは使っていないようだ。
俺はちらりと涼平を伺い、拗ねたようなつまらなさそうな表情を確認して
ごめんごめん、と、謝った。

加えて言えば、決して本心からではない。



「大体なんで外なの。おいら面倒なんだけど、いちいち。」


外、というのは此処のことだろう。

では「内」は何所を指すのか?
俺の家か?事務所か?
まさかまさか、涼平の家ということはないだろう。


「うん、ごめん。」


注文をとりに来た店員に、カフェオレ、と告げる。
店員が「以上で、」と口にするかしないか
涼平が早口に「ミルクティー、アイスで」と付け加える。



「それ、半分飲まないの?」


言いながら彼の前のグラスを目で示す。


「これ?うん。」

「何で?」

「文句あるの?」

「多少ね。」


大きなため息。
煩わしそうに目をそらされる。


「まずかったの。」

「じゃ、ガムシロ入れたら?」

「いい。もう飲まない。残す。すっぱい。」


明らかにうんざりしたように、はっきりと俺を睨むと
そのグラスをテーブルの端にやった。

おおかた彼は、名前に惹かれてハイビスカスティーでもオーダーしたのだろう。
ハーブティーはクセの強いものが多い。

或いは、メニューについている簡単な説明文を読んだのかもしれない。
「鮮やかな赤色が美しい紅茶です」。





「でね、何故に僕を此処に呼び出したのかをききたいんだけど。」


足を組み替えて
向かいの小さな王様は頬杖をついた。


「別に理由は、ない。です。」

「ない!!?理由が!?ないのに僕を呼び出した!?この忙しいのに。」


王様は
それはもう大げさなリアクションをとって
それから、グラスを運んできた店員に、至極簡潔に「これさげて下さい」と言った。


「ウソでしょ。」

「よくわかったね」

「馬鹿にしてんの?」


とんでもない。
とは、答えずに俺はカフェオレを一口飲み込んで、笑った。


「涼平さ、俺が来る前にハイビスカスティー、オーダーした?」

「何で。」

「はい当たり。知らずに注文したら、予想外にすっぱくて飲めなかったわけだ。」

「馬鹿にしてんの?」

「してみた。」


涼平は
何か言いたそうに大きく息を吸って
吸って、止めて、吐き出した。

それからしばらくは面白くなさそうに、唸っていたけれど
少しすると頬を膨らめてアイスミルクティーを吸いはじめた。
その様子がハムスターかなにかのようだと思ったが
賢い俺は口には出さなかった。



俺が店に来たときには
テーブルにはっきりと常緑樹の影の陰影が見て取れたのだが
今はそういうわけにはいかない。
おまけに涼平の髪の色のせいで
彼の輪郭さえぼかされているように目に映って驚く。
試しに、辛うじて読めるメニューの文字に目を滑らせてみた。

鮮やかな赤色が美しい紅茶です。
カリウムが体をすっきりさせ、ビタミンCがお肌を明るくしてくれます。
また、独特のすっぱさはクエン酸によるもので、疲労感やだるさをとってくれます。

眠い、いやいや、眠くない。
俺は。
眠くないぞって、別に。




「聞いて。」


ぱっと髪が揺れたので、急にくっきりと彼を認識できた。
いつの間にか照明のついた店内と、瞼の裏側との明度の違いに少し頭痛がした。
2、3度瞬きをしてまともに周囲を見渡せるようになってから顔を上げる。

少し痛んでいるせいできらきらと光を反射する髪を耳にかけた彼が
相変わらず使っていないガムシロップを人差し指で弄りながら偉そうに言った。


「おいら豆乳プリン追加。」


*end*

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