男性作家

□大岡昇平
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野火

1951
創元社

 太平洋戦争末期のフィリピン・レイテ島。田村一等兵は肺を患い、部隊から野戦病院に送られた。これは足手纏いの病兵を厄介払いする意味もあった。敗残兵の部隊は事実上戦闘よりも、食糧確保が最大の任務であり、田村はこの任務に耐えられる身体ではないと判断されたのである。だが、野戦病院もまた食糧と薬品不足から、田村を早期に退院させ、部隊復帰させようとする。このように部隊と病院の双方から追い出された5〜6人の病兵が病院近辺に屯していた。そんなある日、米軍の砲撃を受け、野戦病院のある陣地は散り散りになり、田村は何時の間にか1人きりとなって山野を迷走していた。

 密林を孤独に彷徨する敗兵を通じて、戦争という異常な状況を描いた作品。米軍だけでなく、日本兵もまた敵だった。餓死状態において、生を優先するか、倫理を優先するか。彼が人肉を拒否した代償は発狂だった。野上弥生子・武田泰淳に続く人肉嗜食の問題を扱った作品であるが、人肉拒否にヒューマニズムを見るのではなく、むしろ人間の限界と弱さが感じられる。
 この作品に先立って書かれた「俘虜記」は著者・大岡昇平の実体験を元に描かれた作品であり、回想録でもある。それに対し、「野火」は架空の人物を通してより一層戦争の無残さを描いた作品と言える。
 
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