ギフト
□永遠の森
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「……力、だの。富、栄誉、ああ、それから、美貌。後は……不老不死」
右手の指を折り曲げながら並べて、最後に小指を曲げ終えて、トルガは微笑む。
「最後のだけは、与えられなかったがな」
「不老不死?」
「そうだ」
望まれても困る、と呟いて、トルガは本をテーブルへ置いた。
埃一つ無い黒檀のテーブルに、軽い音と共に本が寝転ぶ。
「どうして?」
剣を鞘に仕舞いながら、エリゼは首を傾いだ。その手に負けない程に傷を負った鞘が、そっとソファの傍に立て掛けられる。
トルガは、エリゼを見た。
「永遠の命が欲しいのか?」
そっと、不思議そうに問いを向けて、トルガは肩を竦める。
「退屈だぞ」
「トルガ?」
「とても退屈だ。『永遠』は、長すぎる」
うんざりと呟いて、トルガはそっと瞳を閉ざした。
海色の蒼い瞳が見えなくなって、エリゼは少しだけ眉根を寄せる。
エリゼが最近まで傭兵として雇われていた、この森を領地とする国で、伝えられていた御伽話があった。
果てなく続く永遠の森には、『永遠の命』を得た、不老不死の魔術師が住んでいるという。
それはただの御伽話だと、彼女はそう思い込んでいたけれど、全てが事実だった。
森の奥には、トルガが住んでいた。
永遠に命を宿す魔術師が居た。
「……トルガ……」
名を、そっと呼ぶ彼女へ、ゆっくりと目を開いたトルガは視線を向ける。
その口元が、そっと笑みを浮かべた。
「……永遠は、とても退屈だ。エリゼ」
その唇が、感情を込めずに呟く。
「俺は死なない。永遠に」
そして、彼はエリゼへ微笑んだまま立ち上がった。
指先が一振りされて、閉ざされていた部屋の扉が音も無く開く。
そうして彼は歩き出し、部屋から出て行った。
その背中を、エリゼはじっと見送った。
「トルガ……」
小さく呟いて、長い廊下の向こうを右に曲がって行ってしまった、城の主の顔をエリゼは思い浮かべる。
その目が、己の掌を見た。
傷跡ばかり刻んだ傭兵の手が、その緑色の瞳に映り込む。
「トルガ……」
エリゼの脳裏で、トルガの声が蘇る。
『俺は死なない』
まるで、死ねない、とでも言うようだった。
全てに取り残される気持ちがどんな物なのか、エリゼには分からない。
理解しよう、と思うことすら、トルガへの侮辱のような気がした。
何故なら、彼女はいつか死ぬからだ。
エリゼは、見つめていた掌で拳を作る。
それから立ち上がった。
「……っ?」
けれど、踏み締めた床が柔らかく感じられて、体を支えきれずにソファへ逆戻りする。
驚いて目を丸くしたまま、エリゼは軽くつま先で床を叩いた。
トントン、と、石造りの床は乾いた音を立てる。柔らかさなど全く無い。
戸惑いながら、今度は酷く慎重に足に力を入れて、ゆっくりと立ち上がった。
「……? ……平気か」
問題は無い。
何だったのだろうかと首を捻りながら、エリゼは足を踏み出した。
夜の城を探索する為に、部屋を出る。きっと、昼間とは違った発見が在る筈だ。
そう信じて、エリゼは廊下を真っ直ぐ歩き、突き当たりを左へ曲がった。
今、トルガと顔を合わせたとして、同情や慰めの言葉を掛ける事は間違いだと、彼女は思った。
讃辞も止めた方が良い。
何故なら、それは侮辱だからだ。
だって彼女はいつか死ぬのだから。