ギフト

□THE CATS
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「こちらです」
 白いドアにはC:V786R23というプレートがかかっていた。
 ミズノが白衣のポケットから小さな鍵を取り出す。カチッと軽快な音が響いた。
 だがドアは開かなかった。
 ミズノがオロオロとノックをするが、室内からの返事はない。
「間違って、閉めたんじゃないのかね」
 ワイズが鍵穴を指して言った。
 そんなはずは、とミズノがドアノブを握りなおす。強く押すと不思議なことにドアは跳ね飛ぶように開いた。
 ドアから伸びる光の中に、ドアに吹っ飛ばされたようにつんのめって転んでいる少女が一人。
「ミユウ!」
 ミズノが駆け寄って助け起こすが、少女はいやいやするようにそれを振り払って立ち上がる。
 その頬に涙が滴っていた。
 少女はミズノを振り払って部屋の奥に駆けてゆく。
「なぜ彼女がここにいるんだね」
「えぇ…い、いや…」
「始末書ものだな」
 二人の言い合いをよそに、ライアンは部屋の暗がりに目を凝らした。少女が逃げ込んだ暗がり。そこには先の少女以外にもう一人。どうやら椅子に座っている。
 パチッという音がして急に室内が明るくなった。
 はたして、そこには二人の少女がいた。
 さっき転んでいた少女は、椅子に座っている少女のひざにすがりつくようにしていた。真っ白く、飾り気のないワンピースの裾からやせた足がのぞいている。12,3歳だろうか。この子も黄色人種だった。涙で頬を濡らしながら、こちらを睨んでいる。
 椅子に座っているほうの子はスラブ系の顔立ちをしていた。少女と同じ年頃で、同じ白い服を着ている。だが表情は無表情で、視線はライアンたちでもなく、泣いている少女でもなく、どこともない空中に据えられたままだった。
「これが?」
「CATS≠ナす」
 ワイズは頷き、少女たちに近寄っていく。
 ミズノが泣いている少女になにごとかを言い聞かせているようだったが、少女は首を振るばかりだ。
「…R23」
 空中を彷徨っていた少女の視線が急速に定まりワイズに向けられる。
 ワイズは一度頷き、この変化に満足げに笑った。
「来なさい」
「はい」
 硬い響きの声だった。少女は膝元で寸劇をしている二人には一切かまわず立ち上がった。泣いていた少女が追いすがろうとするのを、ミズノが抑えている。それらも一切振り返らず、少女は真っ直ぐにワイズまで歩いてきた。
「こちらが、試作二体目のV786R23です」
「はぁ…あの、V7云々というのは」
「試験管のナンバーですよ。研究所内ではそれで呼んでいるんです。まぁあなたが不都合を感じるようでしたら別に名前をつけていただいてもかまいませんよ」
 ライアンが少女をまじまじと見つめると、少女も顔を上げてライアンを見た。真っ黒で、無機質な目だった。
 ミズノがようやく落ち着いたらしい少女の手を引いてワイズの隣に並ぶ。ライアンの顔を見てすまなそうに目をそらすと、「一つ、言い忘れたことが…」と口を開いた。
「なんです?」
「…添い寝してやってください」
 ライアンはすまなそうなミズノの顔を見、薄ら笑っているワイズの顔を見、いまだに涙をぬぐっている少女を見、無機質な黒い瞳を見て笑みを浮かべるともう一度ミズノを見た。
「申し訳ない。今、なんと?」
「じ、実験の一環でして」
「なぁに、猫が一匹ベッドにもぐりこんだとでも思ってくださればよいのですよ」
 ワイズが薄ら笑いながら言う。初めてのことではないが、ライアンはその顔を殴ってやりたくなった。
「あなたがたが寝室にまで監視カメラを仕掛けるような機関だったとは」
「監視カメラなどと、めっそうもない! 今回の実験はカメラを用いるに及びませんよ。我々がほしい実験経過はすべてR23の脳内メモリーからとることができますからね」
 くたばれ、とライアンは心の底から思った。
 そろそろ遅いですから、とミズノがアイマスクを差し出す。大きいものと小さいものだ。
「実験についての詳細は、これにも覚えさせましたので」
「自由に聞いてもかまわないと?」
「えぇ、かまいません。むしろ、実験的には聞いていただかないと」
「……そうですか」
 涙をぬぐっていた少女がこれで最後とばかりにもう一人の少女に抱きつく。だがすぐに離れてなにか手話のような仕草をした。
 無表情な少女は黙ったまま一つ頷き、胸の前で小さく手を振る。
 その顔が最後まで無表情だったことを確かめてライアンは視界を閉ざした。
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