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□竜の剣と隻眼の『アルゴディア』
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例えば、自分が生きてきた世界の全てが誰かに焼きつくされて消えてしまったら。
どれだけ、その原因を憎むことだろうか。
どれだけ、その原因を恨むことだろうか。
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そこは、広大なエレンディア大陸に刻まれた深い谷底にある、ソルナディアと呼ばれる小さな国。
背の高い国壁の内側には街が広がり、人々はそこで生活を営んでいる。
人々の笑い声や呼び込みのかけ声、物音に溢れた活気あるその街の中央に、巨大な白い建物が佇んでいた。
継ぎ目が分からないほどに丁寧に石を組んで作られた、長方形の建物だ。
その建物を囲む塀に設けられた、たった一つの門の内側に、二人の男が並んで立っていた。
「もう出国するのか? ゲイル」
顔や体中に傷跡のある大きな男が、自分より頭二つ背の低い青年に言った。
「ああ」
ゲイルと呼ばれた彼は頷いた。くすんだ金髪がさらさらと動いて、合間から右目を覆う眼帯が覗く。
「……『石』、見せてくれねぇか?」
「いいぞ」
男へと軽く答えて、ゲイルは、その右掌を広げて晒した。
掌の中央に、紅色の小さな宝石が半分ほど埋まり、その表面が不思議な輝きを反射している。
それを見た男は、傷だらけの顔に少し生やした顎髭を撫でて、溜息を一つ吐いた。
「いいなぁ、お前……」
羨望を正直に口にする兄貴分の逞しい肩を叩いて、ゲイルは笑んだ。
「次の『アルゴディア』はお前だ、ガダ。そう気を落とすな」
「……慰めが身に染みるねぇ……」
情けない声を出して、ガダと言う名前の彼が弱々しく笑うと、その顔にある傷達が歪んで皺のようにその顔を飾った。
発展した谷底の国ソルナディアにおいて、移民が出国出来る唯一の職業『アルゴディア』の証を、ゲイルは軽く握り込む。
「ここまで、長くかかった」
「あぁ、そうだな。お前が来て、もう十三年だろ? まぁ、俺ぁ十七年だけどよ」
指折りで時間を数えたガダがそう呟く。その関節の太い指が開かれて、掌が側にそびえる白い壁を撫でた。
その白い壁が守る、『アルゴディア』を育てる為の建物を、ゲイルも見やる。
その視線の先にある建物の中で、『アルゴディア』となるべく血反吐を吐くような訓練に時間を費やする移民は多かった。
事実、その内の一人であるゲイルは、この国へ受け入れられてからすぐに訓練所へ入ったし、先輩であるガダもまた、七つの時に入ったのだとゲイルへ語ったことがあった。
訓練所の中で、彼らはあらゆる戦闘訓練と肉体強化を行い、試験し、いつか自分が『アルゴディア』となれる日を待ち続ける。
正確には、『アルゴディア』となり、その紅色の宝石を授かる日を、待ち続ける。
ゲイルは、ようやく、それを手に入れることが出来たのだ。
ゲイルは微笑んで、男に言葉をかける。
「この国の外に出たら、竜に遭うかも知れない。『これ』を欲しがってる国は、多分、竜狩りでもするんだろうからな。……ここの方が安全だろう?」
蜥蜴の姿。蝙蝠の羽。火を吹く生き物。
世界に生きる生物の中で、太古から最も恐れられている、生物の王。
硬い鱗には矢も剣も歯が立たたない。
凶悪で残虐なその生き物達が襲ってきた時、人が真っ向から抵抗する手立ては皆無に等しい。
例外はただ一つ。
それが、『アルゴディア』の運ぶ、この国にしか造れない唯一の武器。
「何言ってやがる。それこそ本望だろうが」
言葉を途中で区切り、ガダはゲイルを見つめた。
「……お前も、そうだろう?」
ガダの声が、俺も同じだと囁く。鳶色の瞳は、薄暗い炎がたぎっているように揺らめいた。
ゲイルは笑ったまま、男を見上げる。
竜を恐れない事が、『アルゴディア』の絶対条件だ。
その胸に滾る暗い炎こそが、『アルゴディア』に無くてはならないものなのだ。
ゲイルはふと懐を探り、取り出した小さな砂時計を見て、そろそろ行かないと、と呟いた。
足下に置いてあった荷物を拾い上げて肩から提げ、友人の顔を見上げてその肩をもう一度叩く。
「じゃあな。帰ったら酒でも奢る」
「楽しみにしててやるよ。…………ゲイル」
「ん?」
背中を向け、門を開こうとした所を呼び止められて振り返ると、体中に傷跡を刻んだ男が、腰に手を当ててじっとゲイルを見ていた。
「戻って来いよ。死にたくなけりゃな」
真摯な鳶色の瞳と共に向けられた言葉に、ゲイルは微笑んだ。
「当たり前だろう」
ゲイルの右手が、黒い革の眼帯に隠れた、己の右目を撫でる。
「俺には目的がある。それを果たしてないのに、死ねるわけが無い」
呟く、その声には暗く強い感情が満ちていた。
告げたのは、青年が友人と己に何度も語って聞かせた言葉。
『アルゴディア』を目指す人々の殆どが、その胸の内に誓った言葉。
「俺は……竜を殺し、奴等を根絶やしてみせる」
微笑みに陰りなど無く、自分の言葉に迷いなど無い彼は、もう一度ガダへ背中を向けて、そして門を開いた。
そのまま、外へと歩き出す。背中に感じていた友の視線は、街の雑踏へ混ざり込むと、騒がしい人々達の気配に紛れて消えた。
埃や土にまみれた通りを満たす、日々を生きる人々の戯れる声は耳に心地良い。
その中を、国から出るための外門へと向かって歩いていたゲイルは、ふと目の前から歩いてくる二人組に気が付いた。
「あれは……」
一人は、白いローブを着込む、赤い髪をした初老の男。
その額を飾る黄金のサークレットが、彼が『魔術師』であることを物語った。特に黄金は、魔術師の中でも高位の者しか身に着けられない。
そしてゲイルは、その『魔術師』の顔も知っていた。
その赤毛の『魔術師』は、ゲイルを拾い、ソルナディアへと連れて来た『魔術師』だ。
「……ロスディア様……と……子供か」
ゲイルの視線の先で、ロスナディアと呼ばれる『魔術師』の傍らを、小さな少年が歩いていた。
馴染みの無い服を着ている。恐らく他国の民だろう。
ぼろぼろの服を着て、世界の全てに絶望したと言うような視線を彷徨わせて、促されるままに歩いている。
どうしてその少年がそんな目をしているのか、ふと思い当たってゲイルは目を細めた。
「……竜災害の孤児、か」
竜によって親も兄弟も家も何もかもを奪われた、滅びた国の孤児。
『魔術師』が拾い集め、国へと連れて来る行き場の無い存在達。
ゲイルを拾った『魔術師』が共に居るのだから、『アルゴディア』の予想は当たっているに違いなかった。
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