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□誓いの森
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「たすけて」
囁きながら、パパに言われた通り、指輪をした手で大地に広がる苔に触った。苔は冷えて、湿った感触がする。
暗くなった森の中で、一瞬指輪が輝く。
それから、小さく高い囁きが、あたしの耳を打った。
『どうしたの? どうしたの? どうしてこんな所にいるの、お嬢さん?』
それを発しているのは、あたしの手元にある苔だ。
「おねがい、おしえて。あたしのいえはどこ?」
問いかけて、あたしはじっと手元を見る。
緑色の苔が、震えたような気がした。
『ごめんね、ごめんね。分からないよ、そこは遠いみたいだ』
申し訳なさそうな声が答えて、でも、と告げた。
『もう少し奥へお行きよ、もう少し奥だよ。人が居るよ』
「ひと?!」
まさか、エミリだろうか。
慌てたあたしに気付いてか、男の人だよ、と苔は囁く。
『優しい人だ。その人が連れて行ってくれる。連れて行ってくれるよ』
言われて、あたしは森の奥だと思われる方を見た。もう日は殆ど沈んで、辺りは暗い。何処かでふくろうが鳴いている。
何かが居たとしても、そこには何も見えない。
「おく……?」
『そう。お行きよ』
声はそう繰り返す。
あたしは、そっと手を大地から離した。同時に、もう一度指輪が輝いて、そして声が遠くなる。
「ありがとう……」
そっと、冷たくて湿った緑色の苔に告げて、あたしは立ち上がった。
手を叩き、土の汚れを落とす。
「……おく……」
見据えた先には、恐ろしいほどの闇。
あんな所へ、向かっていく人間などいるだろうか。
しかし、人がいるというのが事実なら、この一晩だけでも一緒に居て欲しい。
それはあたしの痛切な願いだ。
考え、歩き出せずに迷っていると、後ろでがさりと茂みの鳴る音がした。
「え!?」
驚いて振り返る。
何も居ない。
いや、そこは暗闇で、見えないだけだ。
何も居ないとは、限らない。
「……っ」
前方へと広がる、闇。
後方へと忍び寄っている闇。
歩こうが歩くまいが、その暗がりはこちらまでやってくる。
だったら、せめてここよりも。
「……いったほうがましよね!」
だから、あたしは疲れた足を動かして、暗闇から逃げるように歩き出した。
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