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□泳がぬ魚の進化論
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 涼は頷いた。それから、少し困ったように笑って、


「あんまりお金はかかんない所にしようと思ってるんだけど。……泳ごうと、思って」


 最後の言葉を付け足す時にとてもすまなそうな感情がその瞳を過ぎったけれど、見なかったことにして笑む。


「へえ、いいな。涼、先生とかになるのか?」


「今はまだ、そんなつもり無いけど……」


「なるといいんじゃないかな」


 俺は、部活で見かけていた涼の姿を思い出した。

 水泳部でも、涼はその人柄で好かれてかよく後輩に囲まれていた。

 色々と、例えばフォームや息継ぎの仕方なんかを教えていて、それがちゃんと実を結んでいたことも知っている。


「涼は向いてるって、人に教えるとか、そういうの」


「そう?」


「うん」


 答えると、涼は照れてはにかんだ。

 それから気を取り直したように顔を上げて、俺を見る。


「違う、あたしじゃなくて。大志よ大志、あんた進路どうするの?」


「え? えっと……」


 話は逸らしきれなかったらしい。

 目を泳がせると、涼が頬を膨らませた。

 子供のように丸くなった顔に、思わず吹き出す。

 すると更に不機嫌に眉を寄せたので、とりあえずごめんと謝った。


「いいよ別に! でも、あたしは教えたのに大志は教えないって、それ、不公平じゃない?」


「いや、教えてもいいんだけど」


「じゃあ教えてよ!」


 俺の言葉に、涼が意気込む。袖を捕まれて立ち止まった。

 もう放課後で、結構遅れているからか、周囲にあまり人影は無い。


「うーん……笑わない?」


 家で、母親に告げた時の事を思い出した。

 冗談だと思ったのか、思い切り笑われたのだ。

 どうしてだか、俺が体育大学に行くと信じて疑っていなかったらしい。


「何で笑うのよ。芸能人にでもなりたいの?」


「そうじゃないけどさ。笑わない?」


「……笑わないわよ。で、何になりたいの」


「……………カメラマン」


 言うと、涼はきょとんとした顔をした。

 家で見た母親や、少し前に進路指導室で見た担任の顔にそっくりだ。

 そして同じ台詞が返る。


「何で?」


 俺は、以前と同じように答えた。


「写真、撮りたくてさ」


 
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