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□くじら少女
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 こんなところで何をしているのと、問われて答えに詰まる。

 俺の周囲にあるのは、瓦礫と砂と、荒れた大地と熱気だけだ。

 俺以外の存在も、目の前の少女以外は見あたらない。

 どうしてこんな所に居るのかと問われれば、


「……何も無いから、ここに居るんだ」


 そう答えることしか出来ない。


「どうして?」


 当然の質問を呟き、少女は首を傾げた。

 黒い髪がさらさらと額を流れて、そこに刻まれた長い傷跡を撫でる。

 そう言えば、彼女は汗も浮かべていない。

 脱水症状だろうか。


「……俺の名前は、リュウン・惣流だ。これで分かっただろう?」


 ため息混じりに答える。

 しかし、少女の反応は先程と同じだった。

 ただ純粋に不思議そうな蒼い瞳が、白い髪と赤い目をした俺を映す。


「お前……俺を知らないのか?」


 少しだけ目を丸くして、俺は問いかけた。

 少女は頷く。黒い髪が日光を反射して俺の目を突き刺した。


「エドガ・惣流は? 俺の父親も知らないか?」


 眼を細めながら訊く。知らない、と返される返事。

 何処の世間知らずだ?

 俺は眉を寄せた。

 この砂まみれの惑星に、俺の父親の名前を知らない者が居たなんてことが信じられない。

 嘘を吐いてるんじゃないか?

 しかし、そんな嘘を吐く意味が分からない。


「その人、誰なの?」


 少女が言う。


「偉い人?」


 その、純真で無垢な、そして愚かな質問に、俺の口が勝手に笑んだ。

 刻んだ後で、それが嘲笑に近いと気付いた。


「そうだな。まあ、偉人じゃないか?」


 俺の記憶にあるのは、研究室でひたすら、金の掛かる実験に明け暮れる背中だけだ。

 白衣の汚れや染みの位置まで覚えているのは、俺が余程頭の良い子供だったからか、それとも。


「狂科学者とでも呼ばれる方が似合ってたけどな」


 無駄に弄られた脳味噌だったからか。


「狂科学者……」


 少女がぼんやりと呟く。

 眼は戸惑いに揺れて、俺の発言を理解していないことが分かった。


「……お前、第四次対戦で何処が一番優勢だったか分かるか?」


 俺の質問に、少女はまた首を横に振る。

 どうしてこの少女は、一般知識に近いことを全然知らないのだろう?


「俺の故郷だ。何故ならその国は、たった一人の科学者によって、最強の武器を所持することが出来ていたから」


「最強の、武器」


「そう。核兵器とは違った法則で造られた、その科学者でなくては理解出来ないような超高度兵器」


『これさえあれば、原子核爆弾など子供の玩具も同然です。さあ、どうぞお使い下さい!』


 一国の主の前でそう告げて、白衣の男はその手に持っていた何かのスイッチを手渡した。

 それが押されればどうなるか知っていたのは、男と、俺だけだった。

 そしてスイッチを渡された相手は、躊躇いなくそれを押した。

 勝利を信じて。


「こんな惑星一つ壊すのなんて訳もないほどに単純に強力な、武器だ」


 そして残ったのは砂に埋もれ毒に塗れた惑星が一つ。


「ふうん……」


 少女は目を瞬かせた。その瞳には、未だに憎悪は無い。

 これだけ話してもまだ判らないのだろうか。


「……ここがこうなったのは、俺の父親の所為なんだ」


 告げて、俺は彼女から目を逸らした。

 さあ、どうか、罵ってくれ。

 俺の鮮明な記憶に有るのは、俺の父親と俺に向けられる、尊敬、感謝、憧憬。

 そして、憎悪。

 当然だ。

 この星の蒼を消したのは、たった一つの武器なのだから。

 その武器が何をもたらすか知りながら権力者へ手渡した、俺とあの人は罪人なのだ。

 少女は、少し思案してから首を傾げた。


「でも、それお兄さんの所為じゃないね」


 純真に、ただ純粋に、紡がれる言葉。


「なのに、どうしてそんな顔してるの?」


 ゆっくりと目線を戻す。少女はまっすぐに俺を見ていた。

 蒼い瞳に、奇妙に歪んだ顔の俺が映っていた。



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