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□忘れない。
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「何で?」


「分かんない」


 ミナミの問いに、目を海に向けたまま答える。

 多分、クリスマスの前くらいに、家から『お父さん』が居なくなってしまった所為だと思う。

 プレゼント、約束していたのに。叶わなかった。


「……一緒の中学、行こうって言ったのに」


 恨みがましく、ミナミが言う。

 風を正面から受けながら、『うん』と頷く。


「次も、同じクラスだったら良いねって」


「うん」


「ずっと一緒に遊ぼうって」


「うん」


「ずっと一緒だよって」


「うん」


 それがもう無理なのは、お互いに良く分かってる。

 飛行機で行く距離を、私達みたいな子供が、そう簡単に行き来できる訳がない。

 だから私達は離れ離れになって、そしてその内お互いを思い出にして。

 きっともう二度と会わない。

 顔を向けると、ミナミは顔を上げていた。

 風が強く吹いて、私達は肩を竦ませる。


「……向こう、もっと寒いんでしょ?」


「うん」


「空気、綺麗じゃないし」


「うん」


「海だって、此処ほど綺麗じゃないって、理科の先生、言ってたし」


「うん」


 頷いて、今度は私が下を向く。

 足下にあるのは、歪な砂の城。

 風が冷たい。


「…………行かないで?」


 ミナミの声が、ぽろりと落ちた。

 あまりにそれは小さくて、風に消されそうな程のそれをどうにか耳で拾って、私も囁く。


「行きたく、ないよ」


 本当の気持ち。

 海の向こうなんて行かずに、ここで、ずっと一緒に。

 けれど、そんな事は不可能だ。


「でも、行かなきゃ」


 顔を上げて彼女を見た。そして笑いかけた。

 風の強さと冷たさにまた身を震わせて、でもミナミも笑って、そして彼女の目に溜まる涙が揺れる。

 私達はどちらとも無く手を繋いで、そのまま、海を見た。

 冬の海は風だけでも冷たくて、とても入る気にすらならない。

 二人して砂浜に立ちつくす姿は、端から見れば滑稽だったろうけれど。




「忘れないよ? 私」



「うん。私も」




 強く強く、お互いの手を握り締める。




 例えば今日がただの思い出になったって、私は、きっと。





END
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