精霊シリーズ
□全捧与罰
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この家には、人でなしばかりが住んでいる。
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俺の部屋は、窓が開いてない所為か、とても暗かった。
その中をそろそろと歩いて、ベッドの上に倒れ込む。
「……あー……疲れた」
今日も<風王>様のしごきは厳しかった。
上から拳を振り下ろしているくせに、どうして足払いが出来るんだろうか。とても不思議だ。
のろのろと仰向けになると、暗闇を孕んだ天井が俺を見下ろしている。
その暗い天井に、ぼんやりと浮かんだ顔があって、俺は目を閉じた。
淡い金色の、長い髪と、俺と同じ青緑の瞳。
「レイカ……」
俺の、母親の違う妹。
俺が生まれてかなり経ってから生まれたその幼い妹は、今、この家には居ない。
彼女は、『中界』と呼ばれる異界に居るのだ。
何故かと言えば、レイカは俺より成長速度が速かったから。
『中界』は、時間の速度が遅いから。
そんな理由で、あの子は父さんとおかあさんの手であそこへと閉じ込められた。
俺は、それを引き止められもしなかった。
今だって、レイカをあそこから連れ出す事も出来ない。
ただ、<王>様達に頼み込んで、不定期に開く向こうへの狭間から、様子を見に行くくらいだ。
その時に、通っている使い女達も入れ替わる。
常に周囲の人間が入れ替わる状態で、レイカは今どうしているんだろうか。
そんな風に思ったって、レイカが今泣いていたって、俺にはどうする事も出来ないのだ。
溜息を吐いて、寝返りを打つ。
横向いた先には、自分で閉めた扉がある。
暗い部屋で目を閉じれば、更なる暗闇が俺を包んでいく。
沈黙が鳴って、それに浸かっていくと不意に声が蘇った。
『……殺してやる!!』
それは低い男の声。
初めて聞いたその声を発したのは、黒い短髪の、青緑の瞳の男。
その言葉の後、男の手が伸びて、俺の首を締め上げた。
最初の泣き声を上げる前に呼吸を絶たれて、俺はただはくはくと口を開け閉めしたまま、赤黒い雫に塗れた男を見上げた。
苦しくて。
それを止めてくれたのは、白い、細い、手。
『止めて、あげて……! その子に、罪は……』
声は、擦れた細い声。
慌てたように男が俺を降ろして、その声の方へと近寄った。
俺は、自分で床に座りながら、必死に呼吸をしつつ男の行方を追う。
男が駆け寄ったのは、床に寝ている女の傍だった。
その人は、白い肌で、黒髪で、青緑の眼をした、男と良く似た顔の女の人で。
その腹が、抉れて、真っ赤に染まっていた。
それを見て、俺は唐突に理解する。
俺は、あれを突き破ってここに居るのだ。
『あの子、に、罪は、無い、の……』
女の人が、言う。
男はでも、と言って、その顔を女の白い指が撫でた。
本当にそうなのかと、問いたくても俺の口は呼吸にしか使われていないから声は出ない。
だって。
俺は。
「……っくそ」
呟いて、不快な記憶を振り払うために眼を開けた。
そこには、先程よりは明るい暗闇がある。
暗闇に包まれているのは、俺の部屋。
俺、一人の、部屋。
どうしてレイカだったんだろうと、ぼんやり思う。
レイカが、どうして、あそこに居るんだろう。
どうして、俺じゃないんだろう。
だって、俺は。
俺が。
「モクカちゃん、降りてきて?」
声が、扉の外からかけられた。
俺は、それに応じて唇を噛む。
母親を殺した俺が、あそこに行くべきだったんだ。
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この家には、人でなしばかりが住んでいる。
子供を捨てた親と。
親を殺した、俺と。