精霊シリーズ

□ぼくは、てをひろげた。
2ページ/11ページ


 ズボンの裾を濡らしながら、冷たいと叫んで、楽しそうに笑う。

 それは、水面がキラキラと弾く陽光と混じって、とても。

 とても。


「……チノ、さん?」


 目を伏せた僕に気付いて、カエンがこっちへやって来て、覗き込んで来る。


「チノさんも入りませんか?」


 気持ち良いですよ、と言う囁きに、首を振る。

 こんなに綺麗な湖に僕が入って、汚れてしまったら申し訳が無い。

 魚だっていい気はしないだろうし、カエンだって、もう入る気がしなくなるかも知れない。

 折角、あんなに楽しそうだったのに。

 カエンは、僕へそれ以上勧めなかった。

 仕方無いと言いたげに困ったように笑った彼は、一度湖の方へ戻った。

 それから、湖の水を両手で汲み上げて、こっちへとやって来る。


「チノさん、手を出して?」


 言って、カエンも手を出す。

 戸惑いながらその下に手を差し出すと、カエンが、器のようにしていたその手を開いた。

 指や掌の間から冷たい水が零れて、僕の両手に降り注ぐ。

 濡れた手を見る僕に、カエンは笑う。


「ね? 冷たくて、気持ち良いでしょう?」


 その笑みは晴れやかで、煌めく水面にも似た眩しさを持っている。

 僕は、ゆっくりと目を伏せた。

 キラキラと綺麗な聖火の瞳。

 柔らかで優しい声。

 それらはとてもとても眩しくて、僕はいつも、目を逸らす。

 カエンは、湖の方へ戻った。

 水を弾いて、楽しげに笑う。

 僕は、その姿を見てから、綺麗な水に濡らされた醜悪な両手へ視線を移した。

 水に濡れた所は、日に照ってキラキラしていて。

 そこだけ、綺麗に見えた。

 例え、カエンにその意図が無かったとしても。

 気紛れなのだと、分かっていても。

 水面のキラキラした光と、その笑みは、眩しくて。

 僕はまた目を逸らす。

 だって、あんまりにも眩しかった。

 ずっと見ていたら、この顔にある痣ごと焼け爛れて消えてしまいそうだったから。

 僕は、太陽から目を逸らした。





+++





 傷付きたくなくて

 傷つけられたくなくて


 拒んで


 そうすることで、僕は自分を守っていた。





+++
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ