ギフト

□THE CATS
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1.拾うというより押しつけられた

「また私が?」
 いったい何故。ライアンは非難もあらわに上司を睨んだ。だがネクタイを首のぎりぎりまで締めた上司は、二人以外誰もいない部屋を用心深く見回して、「あちらの決定だ。理由は知らんよ」と、あまり重要でないことを言った。
「よもや何も聞いていないとでも? ここはFBI本部ですよ。あなたの城じゃぁないですか」
「私は何も聞かされてはいないよ」上司は大げさに肩をすくめた。「そう、なにもね」
 ライアンには、その肩に拭いきれない染みと埃が広がっていくように思えてならなかった。
 そうして、自身の肩にも。
 ライアンは短く嘆息して天を仰いだ。
「いつです?」
「まさしく、いまだ」
 上司はやたらと頑丈そうなアイマスクを差し出して扉を指した。ライアンはため息混じりにそれを受け取って指先で軽く弾いた。
「私がこれをさせられるたびに、なにを考えていると思います」
「昇給のことかな」
「連中の試験管の中は、はたして快適なのか、いなかってことですよ」
 上司のくすんだ色の唇が斜めに引き攣れる。ライアンは内心舌打ちして不快な上司の顔が見えないようしっかりと目を覆った。
「それで、キミはどう思うね。快適か、いなか」
「もちろん」
 腕がつかまれる。ライアンには、それが上司なのか、それとも連中のうちの一人なのかもわからない。
「…最悪ですよ!」



 FBIの中で、「ノア」なる機関を知っている人間には二種類に分けることができる。
 一つは、本当に一握りの高官。もう一つは、個人的に「ノア」に関わってしまった人間。ライアンは後者だった。
 「ノア」は、存在自体が国家機密に関わるらしく、たとえ知っているもの同士であっても、「ノア」についての発言は厳しく規制されている。本拠点の所在地はもちろん、末端施設に入るときでさえ、どこだかわからないよう目隠しをされて連れてこられる。
 見ざる言わざる聞かざるが鉄則の「ノア」事案について、ライアンが経験から知っていることといえば、非合法かつ非道徳な人体実験を繰り返していることくらいだ。
もっとも、そのどちらも知りたくはなかったが、とライアンは思う。特に、アイマスクを外すと必ず目の前に立っているこの男を見ると、必ず。
「ご気分はいかがですかな?」
 白衣を着た初老の研究者は会うたびにいつも同じことを言う。ライアンはなおざりに肩をすくめて見せた。
 どことも知れないここはまるでホテルのエントランスのようになっていた。受付用のカウンターもあり、天井には豪華なシャンデリアが釣られている。だが、二人以外は誰もいない。
「今日もまた、奇妙なところへ。貸切で接待でもしてくれるおつもりで?」
 初老の研究者は禿げ上がった頭に皺がよるほど満面に笑った。
「お望みとあらば、我らが持てる最高のもてなしを」
 そうして、試験管を振るような動作をした。
「……いやまたの機会に。われわれの仕事の話をしましょう、ミスター・ワイズ。私をご指名だということ以外に、なにも聞かされていないものでね」
「そうでしょうとも」
 ワイズは何故だかしきりに頷きながらライアンをある部屋につれてきた。ノックするとややあって、ライアンと同じほど、三十代くらいの男が顔を出した。
 黄色人種だ。
「今回の企画の責任者、ヨシフミ・ミズノです。ミズノくん、こちら秘密警察のライアン・s・テイラー氏だ」
「よろしく」
 ライアンが手を出してからややあって、慌てたような握手が交わされた。内心眉を顰めつつ、ライアンは促されて室内の広いソファーに座った。
「それで、いったいなにのために私は呼ばれたのです?」
「なに、猫を一匹預かっていただきたいだけですよ」
 ワイズが揶揄するように言いながらライアンの向かいに座る。その隣に座ったミズノが一枚の紙を滑らせた。
「CATS♀J発に成功しました」
「――――」
 無言で立ち上がりかけたライアンを「まだ試作です」とワイズが制した。震える拳を握り締めようと努めたが、座りなおすだけでやっとだった。その顔を見まいとするかのように、ミズノは企画書の上にかがみこんだまま説明を始める。視線は印刷の文字の間を漂い、決して上げようとしない。
「開発に成功したのは二体、そのうち一つを貴方の自宅で預かってほしいのです。とりあえずは六日間、水曜日まで。特別なことはしなくて結構です。ちょっとしたホームステイだとでも思ってください。ちょうどサマーバケーションの時期でもありますし、周囲にも怪しまれないでしょう」
「…なにも?」
 ライアンは握り締めた拳を漠然と見やった。ミズノが書類から顔を上げてライアンを窺ったが、一瞬のことだった。
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