ギフト

□真冬の来襲者
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 しまった、と、ハヤトは一人心の中で呟いた。

 何故なら、その男と視線が合ってしまったからだ。

 男は、この指先も凍るような寒空の下で小さなシートを広げている、いわゆる露天商だろう。

 この寒い中大変だなぁなどと思い、ついつい視線を向けてしまった自分を恨むが、どうしようもない。

 露天商は、ハヤトをじっと見つめている。

 しっかり見ている。

 ばっちり見ている。


「………」


 仕方なく、ハヤトは足を止めた。

 ここまでしっかりと目が合ってしまっては、素通りするのも気が引ける。

 露天商の男は、客寄せをする時のような人好きのする笑顔を浮かべ、買っていかないか、とハヤトへ尋ねた。

 頬を引きつらせながら笑ったハヤトは、しゃがみ、男の売り物へ視線を向ける。

 並んでいるのは、見事にガラス細工ばかりだった。

 小さな置物から、少し大きな一輪挿しまである。

 ここまで運ぶ間に割ってしまったりしないのだろうかと、人事ながらハヤトは少々心配になった。

 色つきのガラスで作られたその作品群は、とても丁寧に作られている。

 ハヤトはそれらを眺め、その中で、一番値札の額が小さい物を指差す。


「これ、ください」


 ハヤトが指差したのは、青く透明なガラスの中央に白い泡が混ざり込んだ、楕円の球体だった。

 底は少し平たくなっていて、置物以外の用途は浮かびそうにない。

 ハヤトの言葉に、その商品を手にした露天商は、それを差し出しながら値段を口にした。

 ポケットから引っ張り出した財布から硬貨を三枚取り出して支払いを済ませたハヤトは、現金と引き換えにその青いガラスの置物を受け取り、腰を上げた。

 そして、掌に収まる大きさのそれをジャケットのポケットへ納める。


「ありがとうね」


 客へ礼を言った商人に手を振り、ハヤトは足を動かした。

 ただ呼吸の為に吸い込んだ空気すら肺を刺すように冷えた、染みるように寒い午後。

 あまりにも寒いからだろうか、辺りに人影など見当たらない。恐らくは大体が、家の中に籠もっているのだろう。

 本当なら彼もそうしたかったのだけれど、ついついコンビニの肉まんの味などを思い出してしまったのだから仕方ない。

 思えば思うほどに食べたくて仕方なくなり、手袋をはめダウンジャケットを身に纏ったハヤトは、財布をポケットに入れて家を出た。

 そして歩いて七分で、予想外の出費まであったのだった。

 さっさとコンビニへ行って、買い物を済ませて、暖かい家へ帰ろう。

 そう決めたハヤトの足が、段々早まる。

 寒々しい風の吹く並木道を抜けて、大きな通りへ辿り着いた。道を渡って真っ直ぐ行けば、すぐにコンビニだ。

 二ヶ月前に開いたばかりのそのコンビニは、ついこの間までバイトを募集していたけれど、ハヤトが申し込もうか悩んでいる間にあっさりとその張り紙を下げてしまった。

 いつもそうなんだ、と、横断歩道の赤信号に立ち止まりながら、ハヤトは心の中で呟く。

 ハヤトが何かをしようとした時には、大概が終わっている。

 席を譲ろうか迷っている間に老人は電車を降りるし、断ろうか考えている間に手にはティッシュを握らされる。

 友達にはよく、決断力が足りないなどと言われていた。

 しかし、そんなことを言われても、決断力というもの自体がハヤトには良く分からない。

 劇的な何かが人生に起こって、そこで究極の選択でも行えばもしかしたら分かるのかも知れないが、残念ながらハヤトにはそんな経験など無い。

 ハヤトの毎日は、ごくごく平凡だ。


「……あぁーぁ……」


 何への落胆かも分からない溜息を吐きながら、ハヤトは道路を眺めた。白い吐息が視界を曇らせて、けれどすぐに消えた。

 歩く者は見えないが、車は多いようだった。空気が冷たすぎるから、ちょっとの距離も車を使っているに違いない。

 本当ならハヤトもそうしたかった。しかしそうしないのは、ハヤトがまだ学生で、子どもで、法律的にも車の運転など出来ないからだ。

 ハヤトの視線は空へと向いた。

 見上げた空は薄く雲がかかっていて、天気が良いとは言い難い。しかし、雪が降るようでもない。


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