ギフト

□おおきなひよこ。
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 ピコピコと、まぬけな音が後ろから聞こえる。

 ふり向くと、小さな子がそこを歩いていた。

 まだ歯もそろわない、ようやく歩けるようになったばっかりの、ボクの弟だ。


「ついてくるなよ、リョータぁ!」


 声を上げると、足を止めたリョータは、きょとんとボクを見て、そして、にぱっと笑う。


「にぃにぃ」


「『にぃにぃ』じゃない! ついてくんなってば!」


 ボクはこれから役所広場で友だちとサッカーをするんだ。

 こんな小さいのをつれて行ったら、ボクがおこられる。

 ピコピコとくつからまぬけな音を出して、リョータはボクに近付いた。小さな手が、ボクの足をつかむ。


「にぃにぃ」


 お母さんや親せきの言う『かわいい』笑顔が、こっちを向いた。モミジみたいな手は、よだれでベタベタだ。


「うるさい!」


 ボクは、さっと足を引いた。

 おどろいて目を丸くしたリョータにどなる。


「リョータはつれてけないの! さっさと帰れ! 絶対ついてくんな!」


 まるで言葉をぶつけるみたいに言って、そして走り出した。

 置いて行かれれば、リョータだってあきらめて帰るだろう。

 何回か角を曲がって、広場が見えてきてから、ようやく走っていた足を歩きにもどす。

 後ろから、あのまぬけな足音は聞こえない。

 ほぅ、と息を吐いた。

 これでサッカーができる。


「おーい、コータぁ! こっち、こっちー!」


 広場に入ると、友だちはみんな来ていた。おそいぞと言われてごめんと謝って、サッカーに混ぜてもらう。

 何回か、パスをカットして、ボールをけ飛ばして。

 けど、石で引いたコートを出たボールを追いながら、ふと目をやるのは広場の入り口の方で。

 ピコピコと音の出る、あのくつをはいた子供は、まだそこにはいない。


「コーター?」


「あ、ごめん、今行くー!」


 ふしぎそうに呼ばれて答え、ボールをひろう。

 大丈夫。きっと、リョータは帰ったんだ。

 でも、帰れたんだろうか。

 平気だ、あそこまでついてきたんだから。

 けど、ずっとボクについてきただけなのに。

 道くらい、リョータにだってわかるはずだ。

 わかる、はずだ。


「…………」


 わからなくて、泣いてたらどうしよう。


「おい、コータ?」


 しびれを切らして、友だちの一人が近付いてくる。

 その手に、ボクはボールを押し付けた。


「ごめん、ボク、ちょっと用事! 先帰るねッ!」


「あ、おい、ちょっと!?」


 待てよと止められてもふり返らずに走り出して、来た道をもどる。

 リョータ。

 リョータ!

 リョータ!!

 やがて小さな泣き声がしたのは、ボクがリョータを置いていった場所だった。

 リョータはそこで、うずくまって泣いていた。


「リョータ!」


 声をかける。

 すると、リョータはなみだとはなみずとよだれでグチャグチャの顔を上げた。

 きたない顔だけど、たしかにボクの弟の顔だった。


「リョータ!」


 もう一回よぶと、立ち上がってかけてくる。ピコピコとくつを鳴らして近付いて、リョータはボクの足にしがみついた。


「にぃにぃ!」


 ドロドロでベタベタな顔で、泣き声のままで、ボクにすがりつく。

 ボクは置いてったのに。


「………………ごめんね、リョータ」


 こうまですがられたら、謝るしかないじゃないか。

 ボクがぽつんと謝った声はちょっと小さくて、たぶんリョータには聞こえなかったと思う。

 それから、ボクは、リョータの手を引いて帰ることにした。よだれでベタベタしてるけど、帰ってあらえばいいかな、と思う。

 ボクがリョータを見下ろすと、リョータもボクを見た。にぱ、と、泣きべそのままで笑う。

 置いてったボクに、どうしてそうやって笑うんだろう。

 少しふしぎだったけれど、しかたないかな、とも思った。

 だって、リョータはボクの弟だ。

 ボクは、リョータのお兄ちゃんなんだ。

 きっと、まるでひよこみたいに、ボクたちは兄弟なんだとすり込まれているにちがいない。









 ピコピコピコピコ。





 手をつないだその先で、まぬけな足音がしていた。



END
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