ギフト

□永遠の森
1ページ/19ページ


 果てなく広がるその森には、永遠の命を持つ魔術師が住んでいた。

 彼は己を呪い、『永遠』を己に与えた魔術師だった。





+++





「トルガ? トルガ? 何処に居る?」


 声が聞こえて、トルガと呼ばれた青年は本から顔を上げた。

 そこは、深い深い森の奥にぽつんと経った小さな古城の中。

 いくつかある図書室の内の一つだ。

 本を傍にあった樫木のテーブルに置き、彼は軽く手を振る。

 すると、閉ざされていた重厚な扉が音もなく内側に開き、それに気付いた声の主が、トルガの居るそこへと駆け込んで来た。


「こんな所に居たのか」


「何の用だ? エリゼ」


 入ってきた女性を見つめて、トルガが平坦な声で問う。

 エリゼ、という名前の彼女は、両手で何かを捕まえたらしく、隙間を作って合わせた両手を体の前に掲げていた。

 綺麗な顔にもその腕にも、たくさんの傷跡が残されている。

 古びた傷にまみれた彼女は、トルガへ近寄り、その両手をそっと開いた。


「トルガ、こいつを治してやれないか?」


 そう言ってエリゼが彼に見せたのは、羽がぼろぼろの老いた蝶だった。

 少し眺めて、トルガが答える。


「……羽なら戻すことが出来るが……こいつはもう、寿命なんじゃないか?」


 飛べるようになってもすぐに死んでしまうだろうと、青年は告げる。


「それでも、自由な方が良いじゃないか」


 あっさりとエリゼは答え、出来るなら治してやってくれ、と続けた。

 トルガの蒼い目が見上げれば、エリゼの瞳は穏やかに、掌に縋る小さな蝶を見下ろしている。

 青年は小さく溜息を吐き、そしてその手を蝶へと伸ばした。

 ほんのりと淡い輝きがその手から発されて、蝶へと降り注ぐ。


「……終わりだ」


 数秒を置いて告げたトルガが手を退ける。

 エリゼの手の上で、今乾いたばかりのようにぴんと羽を伸ばした蝶が、ゆっくりとその両羽を動かした。


「凄いな、トルガ!」


 嬉しそうに微笑んだエリゼの手から蝶が舞い上がり、エリゼの視線はそれを追って彷徨う。

 トルガは何も言わずに指を振った。

 色褪せも腐りもしないまじないの掛かった本達を置いた部屋の窓が、音もなく開く。

 そこから蝶が出て行くまでエリゼはここに居るのだろうと、そう見当を付けながら、トルガはテーブルに先程置いた本を再び手に取る。

 けれどそれを読み出そうとしたトルガに、エリゼが視線を向けた。

 顔を近付けて、じっと、食い入るような視線がトルガを刺す。


「……なんだ?」


 その視線に思わず問うと、彼女は微笑んで答えた。


「可愛らしいぞ、トルガ」


「何?」


 言われて、思わず眉を潜める。

 そういえば、室内を飛んでいた筈の蝶が、トルガの視界に見当たらない。

 何処へ行ったかと目を彷徨わせて、エリゼの瞳の中に映り込んだ光景を目に留め、トルガは溜息を吐いた。

 羽を癒して貰った蝶が、礼のつもりなのか、トルガの髪に留まっていた。


「……俺には似合わないだろう」


 呟いて、トルガは指先をそっと己の髪に這わせた。

 それが蝶の足に触れると、蝶が歩いてその指へ移動する。

 自分の頭から手を離し、器用に指先に蝶を留まらせた青年は、それをそのままエリゼの頭へ移した。


「お前の方が似合う」


 トルガの声には柔らかさが宿っていて、エリゼは少し目を瞬かせた。

 それから、嬉しそうに笑う。

 向けられた笑顔を見つめるトルガの傍を、窓から吹き込んだ風が通り過ぎた。

 それに拐かされた蝶が、エリゼの髪から飛び立つ。

 そして、空気の流れに従って、窓の外へと出て行った。


「……行ったな」


 見送って、エリゼが呟く。

 そうだな、と答え、トルガは視線を本へ落とした。


「……何もかも、ここを去る」


 呟いた青年の声は小さく掠れて、傷だらけの女の耳には届かなかったようだった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ