ギフト
□永遠に欠ける一滴の間だけでも。
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例えばそれが、永遠にはあまりに儚い間だとしても。
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俺の前にあるのは、暗闇だけだった。
体は石にでもなった様に重くて、身動きもとれず、故に瞼も開かないからだ。
ここにこうして転がってから、どの位の時間が経っているのだろうか。
城の古びた床の冷たさと体温は既に同等で、まるで城に一体化してしまったようだ。
目を動かすことも出来ない中で、俺は、ただひたすらに、睡眠と思考を繰り返していた。
他にやることも無い。
まぁ、別に何かしたい訳でも無いが。
喉が渇く事も空腹を感じる事も過去に無くした俺は、ただここで待つ事しか出来ないのだ。
ふと、そんな思考をしてからまた長らく時間が経って、幾度目かの睡眠から醒めた時、城の空気が動いたのが分かった。
何かが城の中へと侵入してきたのだ。
それは、ふらふらとしながらゆっくりと、城の一室に入る。
そして。
「……!」
俺は目を開く事が出来た。
久しぶりに開いた瞼にすら埃が乗っていて、目に入っては溜まらないから起き上がる。
床は、まるで白い絨毯でも敷いたかの様に真っ白になっていた。
体を叩けば、もうもうと埃が舞い上がる。
それに顔を顰めつつ立ち上がり、柔らかさすら感じられる床を久しぶりに踏みしめた。
体にまとわりつく埃は、手で払ってもきりが無い。
溜息を一つ吐いてから、指を一本、軽く振る。
部屋の中にあったランプが二つ、埃に塗れた火屋に光を灯した。
指をもう一度振って、今度は部屋中の埃をその中央へと集めた。
書庫だった本だらけの部屋の中で、うぞうぞと埃が蠢いて、そして天井や本棚や机や壁から剥がれ落ち、一箇所へと集まっていく。
それがやがて圧縮されて一個の球体になるのを確認しながら、足を動かして部屋を出た。
前に起きてからどれだけ時間が経っているのか知らないが、それは決して短くはなかったようだ。
部屋から出た廊下も、全て白い埃に覆われていた。明かり取りの為の窓もだ。
歩き出しながら、今度は左腕全体を振る。
先程の部屋と同じように、そこら中の埃が剥がれて床へ落ち、蠢き、集まり出す。
ついでに俺の体からも埃が全て落ちて、その行進に混ざった。
片腕では城中は無理かも知れない。後で見回ってみよう。
そう決めながら、真っ直ぐに廊下を歩いた。
石の様に硬直していた体が、意のままに動く。
その原因が城の侵入者だという事は分かっていた。
そして、その所在も。
当然だ。この身が動くのだから。
それはただ一箇所に決まっている。
廊下の突き当たりに当たる、小さな部屋。
黒檀で出来た扉が、少し開いている。
指を軽く弾いて鳴らせば、その扉は簡単に開いた。
その中へとすぐさま滑り込む。
小さな部屋だ。
ここには、窓の一つも無い。
あるのは、四面の壁に掛けられた四つのランプと、その中央に当たる位置に置かれた台座に鎮座する、ただ一つのランプ。
その中で、中央のランプだけが煌々と光を放ち、
「……あ……」
慌てたように腰布を掴んだ、女が一人、その傍に佇んでいた。
くすんで見える金の髪は長く、後ろで纏めて肩に垂らしている。
驚きに開かれた目は緑色だ。
背は高い方だろう。鍛えているのか、女にしては力強い腕を剥き出しにしていて、その手が押さえる赤い大きな布が、その腹から腰全体を覆っている。腰には帯剣もしているから、何処かで傭兵でもしているのかも知れない。
そして、その腕にも首筋にも顔にも、痛々しいまでに無数の傷跡が刻まれていた。
引きつれた火傷のような傷跡に塗れた顔で、女は目を丸くしたまま呟く。ランプに照らされた顔は、僅かに白くも見えた。