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□誓いの森
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あたし、あそこを守りたいの。
そう告げると、どうして、と訊ねられた。
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ざわざわと、木の葉が不気味に音を立てる。
もう薄暗い森の奥で、入り組んだ枝の間から紫に染まった空を見上げて、あたしは絶望のため息を吐いた。
「……はぁ……」
森の中があんまり静かできれいだったから、ついいねむりをしてしまった。
それから目が覚めた時には、帰るはずの時間を過ぎて、すでに暗くなっていたのだ。
少し歩き回ったけれど、森の中に自分以外の人間は見つからず、あたしはやがて歩みを止めて立ち尽くした。
「……どうしよ……」
高い所から見たことがあるから、この森が、とてつもなく大きいことをあたしは知っている。
どこまでも続く緑がきれいで、あそこでピクニックがしたいとママに言ったのはあたしだ。
ママは反対したけどパパが許してくれて、侍女を連れて行くという条件でバスケットを持たせてくれた。
「……エミリ、どうしたんだろう」
エミリは、あたしと一緒にこの森へ来た少女だ。
目覚めた時既にその姿は無くて、だから多分、私が眠っている間にはぐれてしまったのだろう。
そう思ってうろうろと探していたけれど、もう足が疲れてしまった。
耳を澄ませても、呼び声は無い。
あるのは、木の葉の擦れる音と、何かの鳴き声だけ。
エミリは家へ戻っただろうか。
それとも、向こうもあたしを探しているだろうか。
不安になりながら、あたしはまた空を見上げた。先程までの気味の悪い紫が、青に沈んでいた。
「どうしよう……」
また呟き、途方に暮れて屈み込む。
普段歩くのとは比べものにならないくらいの距離を動いたからか、かかとが痛い。
ひざも震えている。見下ろせば、買ってもらったばかりの小さな靴はぼろぼろになっていた。
森の中を彷徨っている間に、もう家がどの方角なのかも分からない。
はてしなく続いていた広い森を思い出し、ひざとは違う震えが指先に走った。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
考えながら、青冷めているだろう顔を両手でおおう。
「……ん?」
そして、ひんやりとした硬い感触が頬に触れたのに気付いた。
手を離し、そっと、その冷たい物体を見る。
あたしの右手の中指にはめられた、少し大きな金細工の指輪。
魔法の指輪。
パパが貸してくれた、大切なお守りだ。
「……これがあった……!」
呟いて指輪に触れる。その表面に刻まれた複雑な文字を撫でて、一度そこにキスをする。
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