その他の小説

□泳がぬ魚の進化論
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 生命の幾つかは海から陸へと上がった。

 それは進化と言い切れるだろうか。

 それとも退化なのだろうか。






「じゃ、失礼します」


 俺は、椅子に座った担任に一礼して進路指導室を出た。

 彼女は手を振って、最後だから教室の戸締まりまで点検して帰って欲しいとだけ俺に言った。

 頷いて、扉を閉める。


「大志」


 そして歩き出そうとした俺の背中を、声と共に誰かが叩いた。

 それが誰だかは声を聞いただけで分かる。

 俺は振り返り、微笑んだ。


「涼」


 涼が、冬服のブレザーを腰に巻いた格好でそこに立っていた。

 塩素で色の抜けた髪が伸びて、その肩から滑って背中へと流れ落ちている。


「待っててくれたのか?」


「そんな訳無いじゃん。あたしも進路指導。そこで」


 そう言って涼が指差したのは進路指導室の向かいにあるカウンセリング室。

 その扉には『進路指導中、静かに』と張り紙がされていた。

 恐らく、涼の担任が借りているのだろう。


「もう帰れるの?」


涼が、その丸い瞳で俺を見上げる。

 俺は笑って頷いた。


「ああ。クラスの戸締まり見に行ったら終わりだよ」


「そ。じゃ、一緒帰ろ」


「分かった」


 答えて、昇降口で待ってて欲しいと告げる。

 すると涼は、自分も荷物を取りに行くから一緒に行くと言った。

 涼の教室は俺のクラスの隣だ。

 並んで、進路指導室のすぐ横の階段を二人で歩き出す。

 涼は、他の女子と同じく校則違反気味にスカートが短い。

 下から見上げるとしっかり中が見えてしまうので、誰かが下を通る前に登り終えようと足を速めた。

 すると左の足首が少し痛んで、思わず顔を顰める。

 短く息を吸った俺に気付いたのか、涼の足音が止まった。

 振り返って見下ろすと、涼は立ち止まり、腰巻きにしていたブレザーを外して、シャツの脇から手を入れていた。


「何してるの」


「んー、待って」


 言って、手を動かす。

 見ている内に、スカートが少し長くなった。

 膝を隠すかどうかと言った程度までだ。

 どうやら、スカートは切ったのではなくて折り曲げていたらしい。

 良い案だ。

 それなら、突然服装検査が入ってもごまかせるだろう。


「……最初からその位にすれば良いのに……」


「だって、可愛くないでしょ」


 悪びれなく言って、涼が駆け上がって来る。

 それから改めて、彼女は俺の隣に並んだ。


「さ、ゆっくり帰ろ。帰りミスド行こう、ミスド」


 俺は涼を見つめた。

 結構一緒に帰るけれど、涼と一緒に帰って何処にも寄らなかった事は一度もない。

 俺はもう体を動かすタイプの部活動をしていないし、もしかしたら中学の時より太ったかもしれない。

 思いながら腹を触ると、太ってないよと涼が言って俺の脇腹をつついた。くすぐったい。

 身を捩って避けて、歩き出す。

 涼の靴底がきゅっきゅっと音を立てて、俺の靴音に被さる。


「そういえばさ、大志」


 涼が口を開いたのは、階段を上り終えて図書室の前を通りかかった時だった。

 歩きながら目をやると、涼がこちらを見ていた。


「進路、どうするの?」


「ん? んー……」


 先程、進路室で担任と話したことを思い出してみる。

 途中で面倒臭くなって、話を逸らしてみた。


「涼は? やっぱり、体育大学系?」


「え? うん、そう」


 
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