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□忘れない。
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 夏を過ぎてかなり経つ海の風は、とても冷たかった。

 それを、私は忘れない。



+++




「「さーむーいーッ!!」」


 声を揃えて叫びながら、私とミナミは北風に背中を向けて地団駄を踏んだ。

 耳元を抜ける風の音は大きくて、磯の香りが強い。


「や、やっぱさぁ、日本の最南端でも、真冬に海は無謀だねぇ!」


 背後に広がる塩水の水溜まりを振り返りながら、私は体を縮めた。

 一応三枚程上着を重ねているけれど、全然足りない感じだ。


「いいのいいの! おかげでほら、誰も居ないじゃない?」


 言い切ったミナミは、軽く深呼吸をしてから、夏なら海水浴客で溢れている、けれど今日は無人の砂浜を、ゆっくりと歩き出した。

 それに私も従って、二人で海へと近付いていく。

 波の寄せる音ですら寒々しくて、正面から吹き付ける風に頬が突っ張った。

 足の下で、砂がじゃりじゃりと音を立てる。


「ねぇ、ドラマとかでさ、砂浜で砂の城とか作るのがあるじゃない?」


 突然、ミナミが言った。

 目を向けると、彼女はしゃがみ込んで何かをしている。こちらに背を向けているので、何をしているのか分からない。

 ミナミの前まで回り込んで、その行動を理解した。

 ミナミは、砂を寄せて山を作っていた。きっと、それを城にする気なのだろう。


「作ってみようか」


 言いながら、彼女の前に自分もしゃがむ。

 ミナミと違い、私は爪先だけで体を支えられる程の身体能力は無く、だからボトムが汚れるだろうなと思いながら両膝をついた。

 両手で、山の左右から砂を寄せる。波に近いその砂は湿っていて冷たくて、けれど私達は気にせず山を大きく育てた。

 最初は普通の山にして、それから頂上を二人で潰して台形にした。

 更に全体を滑らかな円柱にするべく削り、叩いて固める。

 落ちていた枝を拾って折り、半分ずつ手にする。互いにソレで、台形の砂山を城の形に削ることにした。二人で、向かい合って作業する。

 これがちゃんとした作り方かどうかは分からないけれど、でも他には考えつかなくて、だから私達はそんなことをしている訳で。

 夢中でそんな事をしていたら、何とか砂の山は城へと見える姿になっていた。


「うーん……完成?」


 やがてミナミが、手を叩きながら立ち上がって言う。

 私も同様にして、感覚もなくなるほどに冷えた手に息を吹きかけながら、


「初めてにしては上出来なんじゃない?」


 拙い城を見下ろした。

 波の音が、凄く近い。


「……ねぇ」


 ミナミが、小さく呟く。

 びゅうびゅうと吹く風に、それでも負けずその声は私へ届く。


「どうしても、行かなくちゃいけないの?」


 お互いに、俯いて、顔も見ずに。


「……うん」


 私は頷いて、それから顔を上げた。

 目の前に立つミナミは俯いていて、顔は見えない。

 私の目は、海を見つめる。


「お母さん、向こうに行くから」


 この島と同じ国を名乗る、海を越えた彼方。

 そこから来たお母さんは勿論この島に親類など居なくて、だから頼れる相手が居なくなるなら帰るしかない、のだと思う。
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