精霊シリーズ

□忘却の唇
1ページ/5ページ





 だからそれは、いつの間にか。



 俺から、奪われていた。





+++





 ついに、一ヶ月が終る。

 俺は、卓上にある暦を見ながら指折り数え、それを幾度か繰り返してから溜息を吐いた。

 俺が居るのは、俺の父親の住居である方の館にある、『息子』の部屋。

 俺が、別宅にある部屋からここへ移って、もうすぐ一ヶ月が絶つ。

 俺の方の母さんが、親父を独占する期間が、また、終る。

 それは、俺に訪れる心臓に悪い一ヶ月が始まるのだということを示している。

 爪と指と掌と拳と言葉と。

 俺と俺の異母兄弟は、実の母親から放たれるそれを、代わる代わる受け止めているのだ。


「……さて、と」


 声を吐き出して、俺は立ち上がった。

 一ヶ月が終るならば、やらなくてはならない事が一つある。

 これは俺と異母弟に共通することで、片方のそれに、もう片方が付き添うのがいつもの事だった。

 使い女が用意していた、彼女の見立てた日除けのマントを羽織って、俺は足を動かす。緋色の軽い布が、ふわりと揺れた。

 俺の足はそのまま、別宅へと向かう。

 いつもと同じように庭の垣根から別宅の裏庭へと侵入して、拾い上げた小石を狙いの窓へと投げる。

 すると窓が開いて縄梯子が垂らされ、そこからヒョウセツが降りてきた。

 着地に少しよろけたのを、肩を貸して支える。


「大丈夫か?」


 そう言って覗き込んだ顔は白く、結構な状態になっていた。

 目元が青黒く鬱血して、唇も腫れ、その端には赤いものがこびり付いている。血だ。


「生きてるから、平気だ」


 そんな事を言って、ヒョウセツは笑った。

 大丈夫、と続く言葉に、そうか、と頷いて、歩き出したヒョウセツに合わせて足を運ぶ。

 母さん達が振るうのは自分達の手と言葉ばかりで、俺達はまだ一度も、その力を使われたことが無い。

 いくらなんでも、それでは死んでしまうからかも知れない。

 俺達が死んだら、親父に嫌われてしまうからとか、そんな事を考えているのかも知れない。


「……さっさと、ヒョウガキ様の所へ行くぞ」


 俺は囁く。


 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ