精霊シリーズ
□ぼくは、てをひろげた。
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傷付きたくなくて
傷つけられたくなくて
拒んで
強く強く閉じた目を
強く強く抱えた膝を
そっと、
ほどけば。
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「おーい、チノさぁーん」
窓の外から声が掛かり、僕は本から顔を上げた。
風が吹いて翻るカーテンへ近付き、二階の窓から顔を出す。
下から、僕へと向かって、元気よくぶんぶんと腕を振る人影があった。
淡い土色の髪と、炎の色をした瞳を持っている少年。
カエン、だ。
「遊びに行きませんかー」
近くで見たらきっと目が潰れるだろう程に眩しい笑みを浮かべて、彼は言う。
小さく頷いて、それからすぐに窓辺を離れた。
待たせたらいけない。早く行こう。
ほんの数日前、僕は丘の上でカエンに会った。
それまでは接点なんてなかった。
土手を転がり落ちて気絶していたカエンを見つけたのは僕だけど、彼は知らない筈だ。
それで、丘で会ったあの日、何故か、泣かれて。
何故か知らないけれど泣いていた彼の、聖火と同じ色の瞳から零れた涙は、とても綺麗だった。
その後、何故だか僕に笑いかけてくれた彼は、それから、どうしてだか僕の所へやって来るようになった。
僕の前で、彼は笑う。
太陽みたいに眩しくて、いつも僕は目を逸らすけれど。
「おや、チノ。出掛けてるのかい?」
廊下を駆けて行くと、ウテン様が応接間から声を掛けてきた。
開け放された応接間のソファに座る相手に、僕は立ち止まり、頷いて答える。
僕の仕草に、ウテン様は何故か目を細めて。
「……あまり、遅くなったら駄目だよ? 心配、するからね」
囁くのは、優しくて穏やかな声。
目を上げることが出来ずに、ただ頷くことを繰り返す。
そして、一度頭を下げてから、また走った。
袖を引っ張って、自分の素肌が触れないようにしながら玄関のドアを開く。
カエンは、玄関の前で待っていてくれた。
風が吹いて、土色の長い髪を揺らす。
括ってもいない無造作な髪を、少し邪魔そうに首を振って後ろへ追いやり、炎色の目が僕を見た。
「支度、速いですね」
笑んだ声は柔らかい。
カエンは僕へ近付いて、首を傾げながら僕の顔を覗き込んだ。
「今日は、湖と森と、どっちが良いですか?」
二つにまで絞り込まれたその選択肢は、これから僕達が行く行き先だ。
僕は、ただ曖昧に首を振る。何処でも良い。カエンが選んでくれれば良い。
カエンは、ちょっと困ったように笑った。
「……じゃあ、湖に行きましょうか」
そう言って、カエンは歩き出した。
僕はそれについて行く。
少しだけ離れて、でも、あまり離れ過ぎたりせず。
何かをカエンが話しかけて、それに僕は頷いたり首を振ったりした。
話している間、カエンは僕の方を見るから、それで会話は成立する。
声を出さないですむことに、僕は、酷く安堵していた。
やがて、そうしながら歩いていた僕達は、湖に辿り着いた。
日の光を水面が弾いて、魚が居るのかあっちこっちで波紋が出来ている。
「やっぱり、ここは綺麗だ!」
カエンは声を上げて、靴だけ脱いで湖の方へ駆けた。