精霊シリーズ

□ぼくは、てをひろげた。
1ページ/11ページ



 傷付きたくなくて

 傷つけられたくなくて


 拒んで




 強く強く閉じた目を

 強く強く抱えた膝を


 そっと、

 ほどけば。





+++





「おーい、チノさぁーん」


 窓の外から声が掛かり、僕は本から顔を上げた。

 風が吹いて翻るカーテンへ近付き、二階の窓から顔を出す。

 下から、僕へと向かって、元気よくぶんぶんと腕を振る人影があった。

 淡い土色の髪と、炎の色をした瞳を持っている少年。

 カエン、だ。


「遊びに行きませんかー」


 近くで見たらきっと目が潰れるだろう程に眩しい笑みを浮かべて、彼は言う。

 小さく頷いて、それからすぐに窓辺を離れた。

 待たせたらいけない。早く行こう。

 ほんの数日前、僕は丘の上でカエンに会った。

 それまでは接点なんてなかった。

 土手を転がり落ちて気絶していたカエンを見つけたのは僕だけど、彼は知らない筈だ。

 それで、丘で会ったあの日、何故か、泣かれて。

 何故か知らないけれど泣いていた彼の、聖火と同じ色の瞳から零れた涙は、とても綺麗だった。

 その後、何故だか僕に笑いかけてくれた彼は、それから、どうしてだか僕の所へやって来るようになった。

 僕の前で、彼は笑う。

 太陽みたいに眩しくて、いつも僕は目を逸らすけれど。


「おや、チノ。出掛けてるのかい?」


 廊下を駆けて行くと、ウテン様が応接間から声を掛けてきた。

 開け放された応接間のソファに座る相手に、僕は立ち止まり、頷いて答える。

 僕の仕草に、ウテン様は何故か目を細めて。


「……あまり、遅くなったら駄目だよ? 心配、するからね」


 囁くのは、優しくて穏やかな声。

 目を上げることが出来ずに、ただ頷くことを繰り返す。

 そして、一度頭を下げてから、また走った。

 袖を引っ張って、自分の素肌が触れないようにしながら玄関のドアを開く。

 カエンは、玄関の前で待っていてくれた。

 風が吹いて、土色の長い髪を揺らす。

 括ってもいない無造作な髪を、少し邪魔そうに首を振って後ろへ追いやり、炎色の目が僕を見た。


「支度、速いですね」


 笑んだ声は柔らかい。

 カエンは僕へ近付いて、首を傾げながら僕の顔を覗き込んだ。


「今日は、湖と森と、どっちが良いですか?」


 二つにまで絞り込まれたその選択肢は、これから僕達が行く行き先だ。

 僕は、ただ曖昧に首を振る。何処でも良い。カエンが選んでくれれば良い。

 カエンは、ちょっと困ったように笑った。


「……じゃあ、湖に行きましょうか」


 そう言って、カエンは歩き出した。

 僕はそれについて行く。

 少しだけ離れて、でも、あまり離れ過ぎたりせず。

 何かをカエンが話しかけて、それに僕は頷いたり首を振ったりした。

 話している間、カエンは僕の方を見るから、それで会話は成立する。

 声を出さないですむことに、僕は、酷く安堵していた。

 やがて、そうしながら歩いていた僕達は、湖に辿り着いた。

 日の光を水面が弾いて、魚が居るのかあっちこっちで波紋が出来ている。


「やっぱり、ここは綺麗だ!」


 カエンは声を上げて、靴だけ脱いで湖の方へ駆けた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ