精霊シリーズ
□無与無奪
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なんて、なんて。
醜いのだろう。
＋＋＋
ここは、額に魔法石を持つ精霊が住む世界。
人間の世界よりも上にあって、神の居る世界よりも下にある、レニアと呼ばれる世界。
とても広大なこの世界に住む精霊達は、皆、自分の属性に合わせた活動をしながら生きている。
その属性にはとてもとても種類があって、その数多の精霊達を、その時最も強い四人の精霊達が纏めていた。
大概、それは風、火、水、地の四種族の方々で、それぞれが＜王＞の名前を貰っている。
そして、僕は、その中の一人、＜地王＞ウテン様の元にいた。
拾われたのだ。
「チノ」
凛とした、女性にしては低い声で呼ばれて、僕は読んでいた本を閉じて立ち上がった。
そして、声の主であるウテン様の傍による。
ウテン様は、大きなソファにゆったりと座ったまま手招きをしていた。
金と黒で髪の色を分けた、＜地王＞様は銀色の目をしている。
「手を出してごらん？」
傍に立ったらそう言われて、恐る恐る手を開いて差し出す。
その上に伸ばされたウテン様の手が、ゆっくりと開いた。
長い指が触れそうになるのを、手を下げて避ける。
そして、綺麗な包みが落とされた。キャンディだ。
「美味しいよ、お食べ？」
にっこりとウテン様が笑う。
僕は頷いて、視界を半分遮っている、自分の頭に巻かれた包帯越しに左の頬に触れた。
緩んできたのか、少しずれる。
外れてしまわないように抑えながら、頭を下げて退室した。
読みかけの本を置いて来てしまったけれど、そのまま、自分の部屋として与えられた場所まで歩く。
入った場所には、カーテンの引かれた窓が一つと、ベッドが一つと、本の詰まった棚が二つ。
小さな机と、その上に一輪挿しと花。
それから鏡。
入ってすぐに扉を閉めて、キャンディはベッドに放って、鏡の前に立った。
見上げる程に大きい、僕の頭からつま先まで映す鏡だ。
その前で、僕は両手を使い、ゆっくりと包帯を外す。
額までを覆っていたその包帯の下に、怪我など無い。
頬と共に隠していた左の目にも、異常は無い。
ただ。
僕には、普通の精霊にあるものが無くて、無いものがあった。
「……っ」
泣きそうになって歪んだ自分の顔が、鏡に映っている。
どれだけ鏡の前で目を凝らしても。
僕には魔法石が無い。
精霊ならば誰もが持っている、精霊の証が無い。
どうにか伸ばした前髪で隠している、この額に在るべきものは無い。
精霊の、出来そこない。
指で、ゆっくりと額を撫でる。
平らなそこに更に泣きそうになりながら、その手を、そのまま左の頬へと滑らせた。
この頬にある、痣。
面妖な、まるで文字のように黒いその痣は、僕の左頬を覆い、そこに深く根付いている。
呪われた印だと、初めに言ったのは誰だったのだろう。
それは、僕の体質とも重なって、そのまま穢れの証になってしまった。
皮を剥ごうと、火で焼こうと、すぐに甦る痣。
それは確かに、呪いとしか思えないほどに執拗に。
『ほら、あいつを見ろよ』
『寄るなよ、触ったら腐るかも知れないぞ』
『穢れた声で話しかけるな！』
子供の、大人の、無邪気なまでの悪意。嫌悪。憎悪。
僕は、鏡の中で左右対称になっている己の顔を見詰めながら、ゆっくりと頬に爪を立てた。
伸びた爪が、簡単に肉へと食い込む。
呪いの印を抉るように手を引けば、そこには簡単に傷を作った。
痛くて、染み出た血は汚い赤で。
僕は振返り、机を見る。
その上に、誰が置いたのか分からない花が鎮座して、こちらを向いていた。
歩みより、手を伸ばす。
そうすれば、触れるより先に、鮮やかな黄色い花が変色し、枯れて花びらを落とした。
触れることなく手を戻しても、もうどうしようもない。
その一輪挿しにあるのは、枯れてしまった花が一つだけだ。
僕は鏡の方へと目をやった。
先程よりも醜く顔を歪めた子供が、そこに居る。
まったくの無傷のままで。
全ての命を飲み込んで貪欲に生きる、呪われた化物がそこに居る。
＋＋＋
ああ、何て。
僕は醜いのだろう。