精霊シリーズ
□WEB拍手集
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+++ 無欲拒奪 枝道+++
「そろそろ帰ったらどうだ?」
私が言うと、燃えるような色をした髪の男はいやだと言って机に懐いた。
女の目を奪って止まないだろう整った顔が、木製の机に頬擦りする。
「ここ、居心地良いしさぁ。今日は泊めてよ、ね?」
何が『ね?』だ、気色の悪い。
思いながら溜息を吐いて、やれやれと首を振りつつ本を開く。
丁度開いた頁に眼球の構造写真があって、眺めなれたそれを軽く視線で撫でた。
「そんな事をしたら、お前の所の姫君達は荒れるんじゃ無いのか?」
私の囁きに、細められていた目が見開かれた。
髪の色を映したように紅に染まった目が、こちらを見る。
「……もしかして、今日も来たのか?」
「いいや? 一昨日だが」
答えて、それから本を傍らに置く。
「凄かったぞ? 打撲に裂傷、ああ爪痕もあったか」
思い出すのは、同じ顔をした二人の少年。
月に数回、どちらかがどちらかに引き摺られるようにして、この館へとやって来る。
「どれだけ聞いても喧嘩したとしか言わないがな」
そんな言葉、嘘でしかない事など私にだって分かる。
その傷を負わせているのが誰なのかも。
なのにあの子供たちは、互いに母親を庇うのだ。
「お前からどうにか言えないのか、アレは」
「……言わなかったと思う?」
ぼそりと呟いて、赤髪の男は額を机に擦り付ける。
「言ったらさ、二人して赤ん坊の首絞めやがったんだぜ?」
「……何て言ったんだ」
「俺が二人とも預かるって」
「それは、お前……」
「ちゃんと、二人にも会うって言ったんだ。けどさ、二人とも俺が子供に盗られるとか思ったみたいで」
普通、それって旦那の発想だよなぁ? と呟きつつ、男は身を起こした。
机に両手を付いて立ち上がる。
「帰ろうかな」
呟きつつ男が窓の外を見た。
顔にありありと帰りたくないと書いてあって、心底不思議になる。
「……何でお前はあの二人と一緒に居るんだ」
こうなる前に、別れる機会は数回あった筈だ。
私達が作ったそれを、むざむざ踏み潰して無視したのはこいつなのだ。
子供まで作って、その所為で更に離れることが出来なくなって、まるで泥沼じゃないか。
私の問いに男は答える。
「だって、あの子ら俺嫌いじゃないし」
無垢にすら思える、愚かな男の顔がこちらを向いた。
頭痛すら憶えるその馬鹿さ加減に、私はまた溜息を零して、水掻きの張った手で犬を追い払う仕草をしてやった。
酷いだの何だのと呟きながら、男は笑って扉を開け、帰宅する為に歩き出す。
己が決して嫌う事の無い、女達と子供の待つ館へと帰っていく。
何て馬鹿な男だ、これが父親かと、あの<炎王>の顔を見る度に私は思うのだ。
+++++終わり++++++