精霊シリーズ
□ぼくは、せかいのほろびをのぞんだ
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無くなってしまえばいい
俺達が居なければ存続できない世界なんて
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いつも通りの日々が、過ぎていった。
俺も兄上も、どうして第一下層まで出掛けていたのか分からないままだった。
二人して約一日分の記憶を無くしていて、けれどそれはどうしても取り戻せないから、諦めるしかなかったのだ。
俺は、第一下層で見つけた男を起こすことだけを目的に、よくそこへと足を運んだ。
兄上も、たくさん協力してくれた。
けれど、何を話そうと、何をしようと、『ヒキルファエル』は目を覚まさなかった。
ただ、穏やかに眠っている男を見下ろして、やれやれ、と溜息を一つ。顔に落書きしてやろうとしたのは、兄上に止められた。
日常の行動が一つ増えただけで、俺も、兄上も、対して変わらない毎日を過ごしていた。
そのつもりだった。
けれど。
理由も知らないというのに、いいようのない不安が、時折、俺の胸を掻きむしる。
何故か分からないけれど、逃げ出したくなる。
「……兄上。逃げよう?」
俺は、兄上を見つめてそう囁いた。
俺の声を聞いた兄上は、本から目を上げて、俺の方を見やる。
「? どうして?」
とても不思議そうに、兄上が尋ねた。
「……分からない」
ゆるゆる、と首を振る。
俺はただ不安なだけで、その不安がどこから来るのかもよく分かっていないのだ。
兄上が、重ねて訊いた。
「何処から、何処へ?」
それにも答えられず、首を振る。
「…………分からない」
俺の情けない返答に、兄上が小さく笑った。
それから、その手が本を置いて立ち上がる。
「いいよ。何処まで逃げようか、ダール」
優しい兄上は、遊びの誘いを受けるようにそう告げた。
何処まで、と言われても、返答に困る。
けれど、それもそうだ。
ここはルーズ・キャール。
縦にも横にも広いけれど、終わりのある閉ざされた世界。
俺達が行ける場所は、限られているのだ。
俺は少し思案してから、兄上と同じように本を置いて、ゆらりと立ち上がった。
「……それじゃあ、第一下層まで」
「『ヒキルファエル』さんの、ところまで?」
俺がそう呼ぶから名前を覚えたらしい兄上が呟いて、俺はそれに頷いて答えた。
どうして、こんなにも不安になるのだろう。
俺にはそれが分からない。
兄上は同じように感じていなくて、そして俺は兄上と共通の思い以外したことがなかったから、どうしていいか分からなかった。
けれど俺は、いいようのない不安を感じながらも、ずっといつも通りの日々を過ごしていた。
いつまでも、そのつもりだったのだ。
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