精霊シリーズ

□ぼくは、あるきだした。
1ページ/4ページ




 罰は、貰った。

 けれど、それは決して償いにはならないのだと、気が付いた。





+++






 陽射しが、とても暖かに大きな窓から差し込んでいた。

 昼間の陽光に目を細めて、私は窓の外を見やる。

 雨なんて降る様子もない青空が広がって、風が吹いたのか木々がざわざわとざわめいた。

 それを見て、その下でいつも楽しそうに笑っていた少女を思い出して、唇を噛む。

 こんな些細な光景ですら、もうあの子は見られない。

 私が光を奪った私のきょうだいは、今尚静養中だ。

 もとより、視界がないのだから一人で出歩くことすら危ない。

 私があの可愛らしいきょうだいから、光を奪って暫くが経った。

 私は、罪に見合うだけの罰を得た。

 大人になる過程で得るはずの性分化が出来ず、他者との接触が困難になった。

 けれど。

 けれど、ヨウスイの両目は元には戻らない。

 それは、初めから分かっていたことだった。

 私が罰を受けても、あの子の瞳は戻らない。

 ヨウスイは、これから先、この青空を見る事なんて出来ないのだ。

 ゆっくりと、息を吐く。それは溜息にも似ていた。

 どうすれば、良いのだろう。

 どうすれば、私はただ一人のきょうだいに償うことが出来るのだろう。

 考えても、答えは出ないままだ。

 私は、知らず俯いていた顔を、ゆっくりと上げた。

 ヨウスイは今、屋敷の奥まったところに部屋を移して、母様と一緒に居るのだと、父様は言っていた。

 ならば、もうそろそろ起きている時間だろう。

 会いに行こうか、と思案して、それを行動に移すべく動くことにする。

 座っていた椅子から立ち、椅子を戻して部屋を出た。

 ドアの前から左右へまっすぐ伸びる廊下を、奥の方へと歩き出す。

 この屋敷は広いけれど、我が家だから間違えるはずもない。

 もちろん、私の足が廊下の途中で止まったのは、決して迷ったからではなく、声が聞こえたからだった。


「お願いです、ヒョウガキ様」


 それは、多分私と同世代くらいの、少年の声だった。そして、その声が呼んだのは父様の名前だった。

 父様に、子供の客人というのは珍しい。

 私は目を丸くして、声のした方を見やる。

 父様が客人を通す応接室がそこにはあって、更に、閉じ損ねたのかドアが少しだけ開いていた。

 足音を消して、そちらへそっと近付く。

 猫をも殺しそうな好奇心で、私はそこから中を覗いた。

 そこには、ソファに座る父様と、そして客人らしい少年が居た。父様の真向かいに座っている。

 背中がこちらを向いていて、顔は分からない。ただ、大地色の長髪を、まとめることなく肩から流しているのが窺えた。

 少年は、先程の言葉の続きだろう言葉を吐く。


「教えてください、ヒョウガキ様。どうして、『忌み子』なんですか」


 問う声は、まるで詰問するように鋭く尖っていた。


「何でチノが、…………チノさんが、そう呼ばれなきゃいけないんですか」


 『忌み子』。

 そう呼ばれる存在を、私は知っていた。

 <地王>ウテン様が引き取ったという、不思議な子供。

 額に精霊の証である石を持たず、左の頬に妙な痣を受けた者。

 呪われた子。

 何の呪いで誰がかけたかも分からないのに、その子はきっと、その名前を享受してきたのだろう。

 私が見ている前で、父が軽く肩を竦める。


「さぁな。そう呼んでいたのは、あれの周りに居た連中だ。別に、名付けてはいない」


「どうして、そう、呼んだんですか」


 父様のはぐらかすような言葉に、彼は食い下がった。

 父様が、彼を見やる。


「……知って、どうする」


 声がひやりと冷たいことに、私は気が付いた。

 温度の無いその声は、父様の属性にとても相応しくて、だからこそ不思議だった。

 父様は、むやみにあんな声を出したりはしない。

 少年が、はっきりと答える。


「知れば、きっと、不安にさせずに済むと思うんです」


「誰を」


「チノさん、を」


 ただそのために、と。 

 そう告げる彼の声が、まっすぐで暖かなのが、扉越しの私にも分かった。

 私は、その『忌み子』に会ったことが無い。

 ただ、そういう存在が居るらしいと認識するくらいだ。

 けれど多分、父様の前に立つ彼は、そこから進んでいるのだろう、と思った。

 出会い、知り合い、そして更に理解しようとしているのだ。

 父様の表情が、ふ、と和らぐ。

 私には分かった。あれは笑みだ。


「……あの子には、何もない」


 囁きは深く、静かで、穏やかだった。


「性別も、魔法石も、その属性もだ。あの子供には、『自分』を分類するための手段が何一つ無い」


 父様は、そう述べてから一息吐き、そして目の前にいる少年を見たまま続けた。


「お前は知らんだろうが、あの子供には特別な力がある。……体質、と言った方が良いかも知れないな。本人の意志ではどうにも出来ない、能力だ」


「能力……?」


「そう。傷付いた自分の身体を癒すために、周囲から力を吸い取る」


 父様の身体が傾いて、柔らかな応接室のソファにその背中が預けられた。ゆったりと、その視線が天井を見上げる。


「あの子供が望んだ訳じゃない。ただ、あの子は全てを統べるだけだ」


「……どういう、ことですか」


 少し身を乗り出して、少年が訊いた。

 父様も視線を戻し、彼を見る。


「あの子には属性が無い。力をしきる物が無い。故に……言わば、全てを扱えることになる」


 しっかりと答える、その声に曖昧さは無かった。


「たとえば私よりも水を操り、セイクウよりも風を手繰り、カルライよりも炎を使い、ウテンよりも大地を動かすことが出来る、ただ一人だ」


 自分を含めたどの<王>よりも、『忌み子』は力に恵まれているのだと、父様は言葉を繋げた。


「強大な力は、怖ろしい。そう思うんじゃないか?」


 そこまで彼へ告げてから、つい、とその青い双眸がこちらを見た。

 しっかりと見つめられて、とたんに自分の行動を羞じてしまい顔に血が上る。だって、こんなのはただの盗み聞きだ。

 慌てて足を一歩引いたところで、水かきのある大きな手が、ひらひらと私を手招いた。


「入ってきなさい」


 そう呼ばれては、逃げ出すことも出来ない。

 私は、仕方なく入室した。

 客人である少年と部屋の主へ一礼し、私を招き入れた父様の傍まで歩く。

 そしてその横に立った私を示して、父様は目の前に座る土色の髪の少年に目を戻した。

 突然現れた私に、客人は戸惑ったようにしている。

 額の石からすると、炎の精霊だろうか。燃えさかる炎と同じ、真っ赤な瞳をしていた。


「紹介しよう。息子の、スイキだ」


 はっきり、そしてあっさりと吐き出されたその言葉に、私は目を見開いた。

 それから、父様を見下ろす。父様は、その視線を上げもしない。

 どうして、と尋ねかけて、でも口から声が出なかった。

 息子、と父様は私をそう呼んだ。

 性分化しなかった未熟なこの身を、『息子』と、そう呼んだのだ。

 胸の奥が痛くなって、眉を寄せる。

 それでも、挨拶のために改めて、同世代だろう客人へ改めて頭を下げた。


「スイキ。こちらは、<炎王>の息子だ。カエン……だったな?」


 父様がそう言うと、目の前に座っていた少年は、複雑そうに笑ってから頷き、私と同じように頭を下げた。

 それから、その手をこちらへと差し出す。


「よろしく、スイキ」


 呼び捨てられて、はっきりと『男』扱いされていることを認識した。

 それは、嫡男として育てられてきたのだから喜ぶべきなのか。

 それとも、罰を受けている身でありながらと己を羞じるべきなのか。

 そう戸惑いながら、とりあえずはゆっくりと、その手へ手を伸ばす。

 近付いて伝わる体温に、背中がじったりと汗を掻くのが分かった。

 気持ちが悪い。

 けれどこれは体質で、そうだこれも私へ与えられた罰の一つだ。

 しっかりと握手を交わせたのは多分ほんの数秒で、あとは逃げるようにその手から逃れてしまった。

 これは、もしかしたら心証を悪くしたかも知れない。

 思いながら窺うと、カエンという名の彼は、戸惑ったようにして目を丸くしているだけだった。
 
 その様子に、ほ、と息を吐いたところで、声が乱入してくる。


「スイキ、スイキ、スイキぃーっ!!」


 それは、少し前に出来た、樹木属性を持つ友人の、私の名前を連呼する声だった。




 
+++





 罰は、貰った。

 けれど、それは決して償いにはならないのだと、気が付いた。

 だって、これは自己満足だ。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ