ギフト

□真冬の来襲者
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「さ。好きなのある?」 


 ハヤトが問いかけると、黒い帽子に覆われた小さな頭が、ふるふると横に振られた。


「のんだことないの、ばっかりよ」


「そうなの?」


 今時ジュースも知らないとは。

 家庭の方針だろうか。

 ハヤトは少女を見つめた。黒よりもいくらか明るい色の睫毛をした彼女は、その手を伸ばして自動販売機へ触れる。金色の瞳が、不思議そうにきらきらと輝いている。


「これ、なんていうのみもの?」


 言って彼女が指差したのは、あたたかい飲み物と表示のあるレモンティーだった。


「レモンティーだよ。紅茶でね、甘酸っぱくて美味しいよ」


 ハヤトが答えると、少女は指先を横へ動かした。


「これは?」


「それはココア。茶色い飲み物でね、それも甘くて美味しいよ」


「これは?」


「それはコーヒー。豆から作った茶色い飲み物で、結構甘いとは思うけど、君には少し苦いかな」


「じゃあ、これは?」


「それもコーヒー。隣の奴より苦いよ」


「じゃ、これ」


「それはお茶。俺は好きだけど、渋いから君にはどうかなぁ」


 そんなふうにして、指差して尋ねられる度に答え続けたハヤトは、やがて一台丸ごと答え終わってから改めて少女へ尋ねた。


「さて、どれが良い?」


 少女は少し眉を寄せて考え、あまいの、と答える。

 ハヤトは頷いて硬貨を投入し、レモンティーとココアを、一本ずつ購入した。


「はい、持っててね」


 少女を抱き上げたまま飲み物を取り出したハヤトは、二本とも少女へ渡し、そのまま自販機の前から踵を返す。


「あるけるわよ?」


「まあまあ、ちょっとの距離だから。公園で飲もうね」


 ハヤトが言うと、少女は小さく頷いた。

 公園に戻って、ハヤトが少女を降ろすと、少女はブランコの方へと駆けて行った。

 またブランコをこぐのかと見ていたが、そうではなく、そのままつり下がった遊具に座る。

 ハヤトも少女の後を追い掛けて、空いたもう一つのブランコに座った。

 小さな頃は丁度良かったブランコも、今のハヤトには低すぎて、こぐこともままならない。


「好きな方、飲んで良いよ」


 ハヤトが、ブランコに座ったまま飲み物を見下ろす少女に言うと、少女は首を傾げた。

 そして、その目がハヤトを見る。


「あけかたがわからないわ」


 言って、少女はハヤトへ二本の温かな缶を差し出した。

 確かに、小さな子どもにプルトップを起こせと言うのは難しいかもしれない。

 そう思ったハヤトは、大きな金色の目に見つめられながら手袋を外し、ちょっと貸して、とその二つを受け取った。

 両手に一本ずつ持ち、そして片手で開けてから、両方の缶を改めて少女へと差し出す。


「どっちが飲みたい?」


 尋ねると、少女がそっと、ハヤトの手に顔を寄せる。どうやら匂いをかいでいるらしい。

 まるで小動物のようだなと微笑むハヤトの手から、ココアの缶が攫われた。


「こっち、のんでもいい?」


「ああ、もちろん」


 尋ねる少女へそう返して、ハヤトは残ったレモンティーへ口を付ける。

 少々熱く、そして甘いその液体を少しだけ飲み、そして缶で手のひらを温めた。

 さて、これからどうするか。

 ハヤトは公園を見回す。

 ハヤトが少女と会ってから幾らか時間が経つが、少女の待ち人はまだ来ない。

 つまり、ハヤトがここを通らなければ、通ったとしても声を掛けなければ、少女は未だ一人で寒い中ブランコに座っていたということだ。

 ハヤトの様子に気付いた少女が、同じように首を巡らせて周囲を眺め、こないわね、と呟いた。


「そう言えば、誰を待ってるの?」


 両親ではないと言い放った少女から、待ち人のことをそれ以上聞いていないと思い出し、ふとハヤトが尋ねる。


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