ギフト
□永遠に欠ける一滴の間だけでも。
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「……お前の目は青いな」
仰向いた女が、下から俺を見上げて呟いた。
驚いたことに、女の腹部の傷は内臓を傷付けて貫通していた。
良くも歩き回り、あれだけ平常に話せた物だと感心してしまう。人一倍鈍感か、もしくは痛覚が無いのかも知れない。
とにかく、埃を払った別室に女を連れ込み、遙かに昔は客人用として使っていた寝具に寝かせて、俺は女の傷を治療した。
女の腹の出血は止まっていなかったが、痛みを消してあった為、女は呻く事もなく諾々とその治療を受け、その間に緑色の双眸で俺を観察し、そして今の言葉を放ったのだった。
「……それがどうした」
答えながら、手を軽く振って指に付着していた女の血を浮かせる。
赤いそれは球体になり、凝固してとても小さな石になった。そして虚空に溶けて消える。
それを見送って、女はまたこちらへと目を向ける。
「トルガは海色なんだな」
「何?」
訳の分からない例えを聞かされて、俺は眉を潜めた。
見やれば、緑色の瞳が、青い髪と目をした俺を映している。
「髪も瞳も、海の蒼。深い深い海底の色だ」
綺麗だな、と傷に塗れた顔が笑んだ。
そしてその手が、己の腕をなぞった。
腕は女の物にしては太く、消えない傷跡を無数に刻んでいる。
「私は傷まみれだ」
囁きは弱い。
「……ついでだ。お前の傷を全て消すか?」
俺は言った。
そう言えば、以前やって来た女が、その顔に無惨に刻まれた火傷の爛れを消して欲しいと願っていた事を不意に思い出した。
やはり女ならば、己の外見に気を使ったりもするだろう。
「いや、いい」
女はすぐさま答えて、寝台の傍に立て掛けてあった己の剣を見た。
その剣も一応血を浮かせて落としたが、銅の鞘に刻まれた傷まで消せる物では無かった。
目は剣に向けたまま、女は己の腕を指で撫でる。
「この傷は、この前の春、エスティア国の三等兵に突かれた」
そう告げるその指の先には裂傷の跡が一つ。
「こちらはその戦で、弓部隊に。これは去年の冬だな。どちらも、先のイレイディアル帝国での戦争だった。これも、それからこれも……」
指で示しながら、逐一その傷を何時何処で受けたのか呟いて、そしてやがて口を閉ざした女の目が俺へと戻る。
「これは全部、私が生きている証なんだ」
思い出なのだと、凄惨に受けた傷に微笑む姿を見せられる。
「そんな傷が、か」
思わず問えば、間髪無く頷かれた。
「私は死神だからな。傷しか負えない」
「死神?」
不穏な単語に、俺は片眉を上げた。
「そう。戦場の死神。死神エリゼさ」
周囲にそう呼ばれていたのだろう。女は少し面白そうに言った。
「異様な二つ名だな」
「ああ。どれだけ不利な戦場に立とうとも、どれだけの手傷を負わされようとも、全ての敵に死をもたらして、そして生きたまま帰ってくるからだそうだ」
どんな戦場の生存者でも、その状況は同じだろう。
しかし、女が、これだけの傷を全身に負いながら、それでもひたすらに戦っている、というのは珍しいかも知れない。
だが、ただ珍しいだけだ。