精霊シリーズ

□拒位逃亡
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 今日の夕ご飯はシチューだった。

 父上の分が残るよう気遣いつつ、俺と兄上は母上特製のシチューをお腹いっぱい食べた。

 俺達が食事をしている間に様子を見に行った母上によると、父上はそんなに怪我をしていなくて、でも、明日にならないと部屋からは出てこないだろう、ということらしい。

 薬箱を持って行くことを阻止された俺達は、少しだけ不満だったけれど、仕方ないな、と顔を見合わせて我慢することにした。

 そして、食事が終わった後、俺と兄上は二人の部屋へ引きこもる。

 部屋に居ても話をしたりするわけではなく、二人仲良くベッドに並んで本を読んでいた。

 今日の本は、一昨日母上に貰ったばかりの物だ。書庫の本は持ち出してはいけないから、昼間に読みかけていた本はまた次回へ持ち越しになる。


「……さて、そろそろ寝ようか」


 区切りよく二章を読み終えてから、兄上がそう言って本を閉じた。

 俺は頷き、兄上から本を預かってベッドの傍に下ろす。

 兄上がその間に部屋の灯りを落として、ベッドへ戻ってきた。

 二人で毛布を被って、俺も兄上も真っ暗な天井を見上げている。


「今日は、空を飛ぶ夢が見たいなぁ」


 兄上が、そんな風に呟いた。

 さっきまで一緒に読んでいた本の主人公は空を飛べる妖精だったから、きっとその影響だろう。


「それ、楽しそう」


 俺は笑って呟く。

 でしょ? と兄上が笑う気配がした。

 頷いて、俺の手が兄上の方へ伸びる。

 気配を察してか、兄上の手が俺の掌を捕まえてくれた。


「俺も空飛びたい」


 手を繋いで貰いながら、そう言ってみる。


「じゃあ、同じ夢を見よう」


 兄上がそう言った。

 繋がれた指に、少しだけ力が入る。


「こうしてれば、きっと同じ夢が見られるよ」


 兄上の優しい言葉に、そうかも知れない、と思い、俺はゆっくりと手を離す。


「ダール?」


「俺が怖い夢見たら、兄上も見ちゃうかも知れないから」


 かも知れない、と言いながら、それはほとんど決定事項だ。

 俺は、生まれてから今まで、同じ夢ばかりを見ている。

 幸せで穏やかで、最後は苦しくて真っ赤な夢だ。

 同じ体を分けて生まれたはずの兄上は、見たことがないという。

 見たこと無いなら、あんな夢見ないに越したことはない。

 兄上の戸惑う気配がして、それからもう一度手を繋がれた。

 今度の力は強くて、振り解くことが出来ない。


「あ、にうえ?」


「大丈夫だよダール。僕はお兄ちゃんだからね。ちゃんとダールを空飛ぶ夢に連れて行ってあげる」


 楽しげに、兄上が言った。

 放してくれない手に困って、暗闇の中で兄上の顔の辺りを見つめる。


「おやすみ、ダール」


 兄上は、俺の手を捕まえたままそう言った。

 どうにか外してくれないかと思って身動きするけれど、手はそのまま。

 奮闘する間に眠くなって、俺の両目はだんだんと閉じてしまった。





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