精霊シリーズ
□ぼくは、あるきだした。
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あの子の光を奪った、私は。
私は、どうすれば良いのだろう?
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「スイキ居た! 今すぐ! 今、出られないか!?」
「……本当に、どうしたんだ?」
慌てた様子で勝手に入ってきたモクカに、不思議に思って問いかける。
すると、ただひたすら慌てた様子で、モクカは説明を口にした。
「さっき、そこで! ほら崖あるじゃん、あそこの下で! 子供が落ちてたんだよ、酷い大怪我で! だから早く行こう!」
上手くまとめられていないその台詞に、少し目を瞬かせてから、大きく見開く。
まとめると、『崖の下に大怪我した子供が居る』ということだ。
「……は!? 何だと!?」
「だから、子供だよ! 髪が黒くて、そうだ顔に包帯も巻いてた! 左半分くらい覆ってたし、他に悪いところあったのかも! 早く、早く行かなけりゃやばいよ!」
思い出したのか青くなって、モクカが手を伸ばして半開きの扉を大きく開かせる。
私が触られるのが嫌いだからか、モクカはその手を差し出したりはしない。
私は後ろを振り向いた。
父様に指示を仰ごうと口を開きかけ、真っ青な顔をしてこちらへ駆けてくる父様の客人を見つける。
寄り添われては大変だと、驚きながら身を引く。
「そ、その子、チノじゃなかったか!?」
モクカの手を捕まえて、彼は言った。声は不安に揺れていて、モクカの顔の顰め方からして、手には非常に力が入っているようだ。
チノ、というのは、聞いた覚えのある名前だ。
私は思案し、納得する。
つい先程聞いたじゃないか。
忌み子の名前だ。
戸惑いを浮かべたモクカが、わずかに瞳を揺らして問いに答える。
「分からない、見たこと無い子だったのは確かだけど……」
「黒い髪で、黒い目で! ……そうだ、しゃべらなかっただろ?! 呻き声一つ出さなかっただろ!?」
「声?」
言われて、ええと、とモクカが考え込む。
それから頷いて、それを見た彼はモクカの手を捨てて目の前の襟首へ手を動かした。
掴んで、揺さぶっている。
「何処だ!? 何処に居たんだ!?」
彼はとても必死だった。
私は、それを見ながら、とりあえずこんな所で遊んでないで向かった方がいいんじゃないかと、思って止めようと手を伸ばす。
「わ! ちょ、ちょっと待てって!」
けれどモクカが彼を突き飛ばしたので、手を引っ込めた。
モクカの目がこちらを見る。
「早く行こう、スイキ! あのまんまじゃ危ないって!」
「ああ、分かった。……父様!」
私は父様を見た。
「酷すぎるようならすぐ引き返してきます。その時は、お願いします」
私は、まだまだ未熟なのだ。
本当は父様が言った方が良いのだろうけれど、父様は何も言わないから、私が行くべきなのだろう。
けれどどうにも出来なかったら父様を呼ぶしかないのだから、そう言っておく。
私の言葉に、<氷王>である父様は手を振って応じ、それから立ち上がった。
「おい、そこの」
冷たい氷のような色の目が、モクカを見ている。
「……俺ですか?」
視線を受けて、モクカが自分を指差した。
「そうだ。モクカ、だったか。お前だ」
言いながら父様は歩き、カルライ様のご子息の背後に佇んで、モクカを見下ろす。
「お前が言う、その怪我をしている子供というのは、恐らく忌み子だが。それでも、助けたいか?」
囁いて訊ねる声には、何の感情もこもっていないみたいだった。
私は、湖の底みたいに静かなその目を眺めた。
何故、そんなことを聞くのだろう。
私はただ考える。
父様は、その子を助けたくはないのだろうか。
忌み子だから?
そこまで思考が動いてから、いいや、と内心で首を振った。
恐らく、そうじゃない。
これは、試しているのだ。モクカを。
何故かは分からないけれど。
「……忌み子?」
モクカが小さく呟く。
驚いたように目を見張ったモクカは、少しだけ考えて、けれどすぐに、拗ねたような表情に変わった。
「だって……」
エメラルドの瞳には『必死』を宿して、まるで叫ぶようにモクカは言う。
「だって早く助けなきゃ死んじゃうだろ!」
そうか、と父様は頷いた。
その動きを見ている暇すら惜しいのか、早く連れて行け、と、カルライ様のご子息が声を上げる。
それに弾かれたように、頷いたモクカが走り出した。
慌てて、私も茶髪の彼も走り出す。廊下から玄関、そして外へ。
ちらりと振り向いたモクカの視線を睨みつけると、慌てたように彼は前を向いた。
転んだらどうするつもりだ。
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私は、どうすれば良いのだろう?
誰かに聞いたって、そんな導は貰えない。