指先

□分かってくれとは考えていません。
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わたしは知っていた。そう、生まれたときから知っていたのである。思えばこの世に生を受けた瞬間というのを、わたしはよく覚えている。握り閉められた手の平から零れ落ちたわたし。おそらくあの瞬間が、わたしが死んだ瞬間でまた新たに生まれた瞬間なのだ。落ちた先は冷たく白い大地であった。凍えて凍って、このまま枯れ朽ち果てるのだと感情もない心で行き当たった思考は、しかし暖かな手のひらにすくわれたことで変わったのである。訂正しよう、わたしが生まれた瞬間はこの手のひらにすくわれた瞬間なのだと。そう、訂正しよう。そう考えたほうがいい。そう考えたほうが、おそらくわたしは幸せなのだ。幸せなのだと、思うのである。
幸せを知った。暖かさを知った。自由は恐ろしく、寒さは寂しく、孤独は痛いのだと知った。愛とは何かと自問するようになった。思考が感情に変わった。そしてわたしは愛されたいのだと気がついた。
わたしをすくった手のひらを愛おしく思う。わたしに心を、感情を与えたこの人を愛したかった、愛されたかった。それは酷く悲しいものだと理解していた。してしまっていた、のである。
*
自らの握り締めた手のひらから散る白い花弁を見ながら男は薄っすらと笑った。嗤った。
不可思議なペイントで施された化粧は一度見たら忘れられそうにない不気味な雰囲気を作り出し、男の存在感を増徴させている。唇に乗せた三日月型の笑みでさえ、化粧のように作られた妖艶さを漂わす。
男の手のひらから零れ落ちるインフォーマル・ディコラティブ。多様な形の花弁は、しかしその色彩はただ一色、穢れも知らない白で統一されていた。

分かってくれとは考えていません。
2009.02.08


 

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