指先

□破片を残したくないのです。だから、
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「好きな人がいたのです」
「春が、好きな人でした」
「とても冷たい人でした」
「とても暖かな人でした」
「貴方とよく似ています」
「瞳が、よく似ています」
「本当に、大好きでした」
「愛していたと思います」
「でももういないのです」
「死んで、しまったから」
「私は絵画でしかなくて」
「彼はどこまでも人間で」
「彼を追うなんて無理で」
「私は枠の中の住人です」
「彼は人を愛して憎んで」
「勝手に死んでしまって」
「残される気持ちなんて」
「あの人は理解してない」
「気が、狂いそうでした」
「絵にも心はあるのです」
「愛もしっているのです」
「あの人に会えないなら」
「燃えて燃えて消えたい」
「灰になってしまいたい」
「そう、思っていました」
「いいえ、思っています」
「廊下を歩く貴方を見て」
「彼をおもいだすたびに」
「彼を愛していた感情が」
「心が、悲鳴をあげます」
「何故私では駄目だった」
「何故私じゃなかったの」
「私は選ばれなかったの」
「どうして、どうして、」
「何故、なのでしょうか」
「愛されたかったのです」
「ただ、愛されたかった」
「ただ、愛が欲しかった」
「できるなら抱きしめて」
「できるならキスをして」
「できるならば温もりを」
「分かち合って生きたい」
「ただ、それだけだった」
「見返りを求める愛など」
「醜いだけだとしっても」
「どうしようもできない」
「彼に愛して欲しかった」
「彼を愛し続けたかった」
「ただそれだけなのです」

彼女は吹き消されそうな、春みたいな笑顔で語った。その瞳に涙はなかった。その声に恨みも後悔もなかった。ただ僕には理解できないなにかが含まれていた。
桜色の唇から零れた言葉は、きっと彼女の心の断片だったのだろう。
そうして彼女は僕の中に不完全な感情の破片を、彼女自身、消してしまいたいだろう破片を、突き刺し残していった。

それは彼女を知ってから三日目の夜の秘め事。

破片を残したくないのです。だから、
2009.02.01



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