指先

□今はまだ歩み出したばかりの
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視線を感じる。それは彼にとって日常だった。食事中に休み時間、そして授業中ですら、彼は視線を集めていた。
溶け入りそうな夜空を思わせる漆黒の髪、決して崩れることのない涼しげな美貌、誰にでも平等に与えられる優しげな笑顔、巧みな会話術、人を魅了する多くの要素。そのすべてが彼、トム・マールヴォロ・リドルを彩る華であり、周囲を偽る為の仮面でしかなかった。
裏の顔を知っているものは皆無であり、薄々感じているであろう人間はすでに己に傾倒した下僕も同然。そして優等生の自分しか知らない人間たちの視線は羨望に溢れていた。
そんな中で、時折感じる一つの視線。それはどこか自分を観察するような、そんな感覚に似ていた。それだけならば教師のダンブルドアが向けてくるものかとも思えた、おそらく彼はこの学校で、この魔法界で、もっとも自分を見通し警戒している人物なのだから。しかしこの視線にはマイナスの感情はこめられてはいなかった。長年多くの視線に晒されたリドルはある程度、視線にこめられている感情を理解できるようになっていた。この視線にこめられているのは好奇心、疑問、そして見守るかのような温かさ。
温かな視線は、はっきり入って居心地のいいものではなかった。
 
魔法薬学の授業を終えたリドルはクラスメイトという名のとり巻きを引き連れて自寮に向かい廊下を歩いていた。本日最後の授業はスリザリンの天敵とも言えるグリフィンドールと合同の授業で、周囲のスリザリン生たちはこぞって敵寮を馬鹿にした言葉を交し合っている。誰にも平等な優等生としてはそんな会話に参加するわけにはいかず、当たり障りのない返答をしつつも時折飛び出す過激な発言を注意する。

「ねえトム!トムだってそう思うでしょう?」
「え、あ、すまない。ちょっと…っ」

まただ、視線、が。
どこからかぬるま湯の様な視線を感じて周囲に気を散らしていたリドルは隣を歩く女生徒から声をかけられて戸惑うように答えるが、その台詞も途中で止まってしまう。
見られている。どこから、
様子のおかしいリドルの肩を後ろにいた男子生徒が叩いた。

「トム、どこか具合悪いのかい?最近気が漫ろだよ」
「そんなことは…いや、そうかもしれない。数日前から体がだるいんだ、風邪を引いてしまったのかもしれない」

戸惑いを他人に気づかせた自分に内心舌打ちする。
しかし、白々しく感じさせない自然な口調と表情で、少し辛そうにいって見せれば納得したように男子生徒は「早く部屋に帰って休めよ」と言ってきた。ちょろい。
隣の女生徒が「大丈夫トム、私が看病してあげようか?」などと言ってきたので「ありがとう、気持ちだけで十分だよ」と笑って見せれば頬を染め上げた。ちょろい。
 
自寮も近くなったとき、後ろの男子生徒がふと気がついたように声をあげた。

「おや、またこちらをみている」
「え、」
「ほら、あの絵さ」

男子生徒が指差したのは階段の上り口の壁に掛かっている絵画だった。若干影になるため目立つとは言いがたいその絵画には一人の人間が描かれている。

「最近このあたりを通るとじっとこちらを見てくるのさ」
「ふうん」

興味がないように答えるが、リドルは絵画に描かれた人物を凝視していた。何処までも広がる新緑の草原の大地に座る女性。どこか幼さの残る容貌でこちらを優しげな目で持って見つめていた。

「案外、君のことをみているのかも」
「まさか」

そうはいいつつも絵画を見つめるリドルとそしてこちらをみやる少女の視線が合わさる。新緑の草原に相応しい、暖かな春の木漏れ日のような視線だった。
ああ、この視線だ。
少女は一瞬躊躇った後、淡い色をしたクラシカルな花柄のワンピースの裾を揺らめかせて手を振った。笑顔が、かわいらしかった。
それをみて男子生徒が茶化すようにリドルに声をかける。

「絵画にもファンができるなんて、人気者は大変だな」
「そんなわけないじゃないか」

貼り付けた笑みで笑い飛ばし、リドルは絵画に背を向けて自寮への道を歩き出す。その後ろに続く生徒たちにはみえない、彼の笑みに歪む口元。友人たちには決して見せない、闇と戸惑いを含んだ瞳。
 
みつけた。

今はまだ歩み出したばかりの
2009.01.25


 
 

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