奥州・平家
□雨の音色
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霧雨の降る、静かな午後。
屋敷でゴロゴロしていた望美は、ふと弦を爪弾く音に気がついた。
「琴の音……かな?」
その音は何か曲を奏でるでもなく、ぽろん、ぽろん、と雫のように音を零していて。
誰が弾いているのか気になった望美は、正体を確かめるべく部屋を出た。
音に導かれるように、屋敷の渡殿を行く。
ときに女房たちとすれ違いながらも、雨の所為かずっと静かな屋敷を巡って、望美は音のする方へと向かっていった。
***
「あ、銀」
間もなく音の源流にたどり着いたとき、そこで琴を爪弾いていたのは穏やかな物腰の青年。
剣もつ者に不似合いな繊細な指を止めて、銀は望美を振り仰いだ。
「神子様」
一瞬にしてぱっと綻ぶ笑顔が嬉しい。
自分の来訪を喜んでくれているのだと、何よりも雄弁にその表情が語るから。
「何か弾いていたの?」
「いいえ、調弦をしておりました」
「調弦?」
「弦を張る強さを調整して、音色を整えます。……が、もう終わります」
ほら、と開放弦を順に爪弾いて聞かせてくれるものの、望美にはそれが正しい音かはわからなかった。
ただ、音色がどれも澄んで……まるで雨雲を晴らすかのように鮮明で、スッと心に響き渡っていくのを感じられた。
「綺麗な音だね」
「有難うございます。一曲お聞かせ出来れば良いのですが……何分不慣れで」
「銀、弾けるの!?」
「手習い程度です。弾けるというにはほど遠くて」
苦笑して首を振るが、望美が更に言い募る前に銀は問うように躊躇いがちに眼差しを望美に向けた。
「――それでも宜しければ、一曲」
「ほんと!?」
残念そうにしていた望美が、すぐに嬉しそうな表情をして楽器に近寄ってくる。
――自分の些細な一言がこの麗しいひとを喜ばせていれるのだと実感するのは、どんなことより幸せで満たされて心が一杯になってしまう。
「何を弾きましょう?」
「銀の弾けるものでいいよ。私はこっちの世界の曲をあまり知らないから」
「畏まりました。では……、雨垂れの音もしますので、水に纏わる曲をひとつ」
そういって銀が弾きだしたのは、先程調弦していたのと同じような弦を爪弾くことが多い曲。
だが先程よりも洗練され、周囲の空気に染み渡っていく。
しなやかな指が動き、手が踊る。裾がさらさらと衣擦れの音をたてて舞い、銀の口元が情感たっぷりに弧を描いて笑う。
溶けていってしまいそうな引力もつ曲調に、望美はうっとりと瞼を閉じた。
整調。
人の心を鎮め、魂が安らかにあるように祈る。
目を閉じて琴の音に聞き入る望美をちらりと見て、銀は微かに笑みを零した。
(最近お疲れでしたから…)
「ん……何か言った?銀」
「いいえ」
淡い笑みを浮かべ、銀はその柔らかな音色を響かせ続けた。
END
ほのぼの主従。
どこの屋敷よ、とか詮索はナシで(笑)
多分奥州ですが。
20081007