敦盛・リズヴァーン
□我知汝憂
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※この作品は、『あなたに遭いたくて』内リズヴァーンED(貴方を舞う)の続編です。
前作を読まなくても話はわかりますが、前作を読むとよりお楽しみ頂けます。
『我知汝憂』
-ワレハシルナンジガウレウヲ-
桜が咲き出した初春。
暖かくなってきた日中は、コートを着ると僅かに汗ばむ程になってきている。
朔に手伝ってもらい着替えを澄ませた望美は、ひとつ深呼吸をしてから扇を手に取った。
「大丈夫?望美」
問うてくる声に、背中越しに振り返ると、朔が苦笑を浮かべている。
「ガチガチよ?」
「だって…今日は、いつもと勝手が違うから」
普段の舞は、誰に見せるわけでもなし、朔に教わりながら既存の振付を会得する日々。
だが今日これから披露するのは、望美がひとつの題材をもとに自ら創作したものだ。
受け入れてもらえるのか、想いがちゃんと伝わるのか。
不安になるのも、仕方のないことだった。
「普段とやることは変わらないわよ。想いを込めて舞えば、きっと貴方の舞に命が芽生えるわ」
母親のような仕草で慈しむように髪を梳く。
朔の指先を肌に感じながら、
望美は僅かに目を瞑った。
「うん……そうだね」
***
舞を最初に見せる人は、もう決めていた。
いや、その人のために舞うことを決めた…と言った方が正しいだろう。
有川家の和室を借りて準備をしていた望美がリビングに現れると、そこにいた八葉の面々がそれぞれに感嘆の声をあげた。
朔に手伝ってもらって望美が今身に纏っているのは、朔が京にいた時分に纏っていたものと似た和服。
望美は京ではスカートをはいていたが、今日の着物は純和風というに相応しいものだった。
色は淡い桃色を基調に、白や朱色の華が散らしてある。
皆が口にする褒め言葉にはにかんで、結い上げなかった横髪を無意識に弄る。
視界の中に約束の人を見つけて、望美は真っ直ぐな瞳を向けた。
「先生、お待たせしました」
望美の姿を見て無意識に表情を崩していたリズヴァーンが、頷く。
「うむ」
「じゃあ、朔。行ってきます」
「頑張ってね、望美」
「うん!」
交わす言葉の真意を他の八葉の誰も知らないまま。
望美はリズヴァーンと共に、有川家を後にした。
「先生、有難うございます。お時間とって頂いて」
望美が歩きながら礼を述べると、隣を歩くリズヴァーンが瞳を和ませた。
「礼には及ばない。神子の望みが、私の望みだ」
「でも、言っておきたくて。…それに、前に稽古を見られてしまったときも、先生は何もいわないでいてくれましたし」
内緒にして驚かせようと、こっそり稽古していたのに、その稽古場にリズヴァーンが居合わせていたと分かったときには顔から火が出る思いをした。
だが、リズヴァーンは、望美の「見なかったことにしてほしい」という頼みを、受け入れた。
以来、今日までその話が出ることはなかったのだけれど。
「私、ちゃんと、先生を知りたくて。まだあの時は、芝居の中の天狗さんしか観ていなかったんです。…でも、お芝居の天狗さんと先生は違うから…」
今日は大丈夫です。
そう言って、緊張した面もちながらも望美は笑顔を向ける。
そうやって、笑顔を向けてくれること、自分を理解しようとしてくれることが、リズヴァーンの心をうつ。
近づいてはならないのに、近づいてくる彼女が愛しい。
「楽しみにしている」
ただそれだけの言葉なのに、嬉しそうに微笑んで頷いてくれる彼女だから。