景時・譲
□俺を欺いて
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嫌いな食べ物はなんですか?
そう問われて、俺は眉間に軽く皺を寄せた。
◆
「行ってくるよ〜」
仕事に出ようと奥に声をかけると、ぱたぱたと可愛らしく走る姿が現れた。
望美ちゃん。
京に残って、俺と共に暮らす道を選んでくれた大切なひと。
普段は寝ぼけ眼で送り出してくれることが多いのだけれど、今日は珍しく目がさめているようだ。
食事の後片付けをしている手を休めてなのか、両手が濡れて宙をさまよっている。
「いってらっしゃい、景時さん。」
笑顔で見送られると、かえって出掛けようとする足がとまってしまう。
ついつい、その瞳に目がいってしまうから。
「なるべく早く帰るからね。朔もいるけど…大丈夫?」
「大丈夫ですよ。今日もお洗濯は終わっちゃっているし、家の片づけしたり買い物行ったりしてます」
「…うん」
そうじゃないんだけど、とは流石に言えない。
「今日は、料理も朔に教わって頑張りますね」
問題は、こっち。
キラキラ輝く笑顔で言われれば、頷くしかなくて。
それでも自分の顔がひきつらないよう、顔中の筋肉を総動員して笑顔を作った。
「あ、あの望美ちゃん…無理しなくていいから、ね?」
望美ちゃんが料理の苦手なことは、よく知っている。
本人もそのことを気にしているから、俺からそのことを言うわけはない。
その望美ちゃんが、今日は料理を作ってくれるという。