パラレル

□suicide
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波の音。
崖に絶えず打ちつけられ、派手な飛沫と音をたてて。

その音のひとつになれないかな、と、崖縁に立つ望美はぼんやりと考えた。







崖の上にぽつりと立つ望美の、紫苑の髪が海風に靡いて自由に跳ねる。

ひらひらと美しく舞い躍る丈の長い純白のスカートは、決して望んで着たものではなかった。



今の主人に雇われ、脳に絶対服従の意識を植え付けられた。
ロボットに与えられるルールと遜色ないその意識は、人間としての行動の幾つかを封じるもの。


例えば、殺人、違法行為、不服従……



―――そして、自殺。




死にたい、と、「人」の部分の自分は叫んでいるのだろう。

意に添わぬ結婚、永久(とわ)に約束された籠の鳥の日々。


だが、……「人」でなくなった部分は、死を決して許さない。

それが、ルールだから。







泣くこともできず、望美はただ立ち尽くした。

何時間も。


もうすぐ、街から迎えが来るだろう。

鳥籠が。


最後の我が儘として叶えられた、一人きりでの数時間の空白。


結局……何事もなく終わってしまいそうなその時間を、惜しみ、また、愛おしく思った。





じゃり、と砂を踏む音に、望美はぎゅっと目を瞑る。

とうとう来たか、と覚悟をしたが、どうしても振り替えれなくて。

睨みつけるようにして海を見続けていると、足音はほど近い距離をおいて止まった。


「…何を、している?」

「…海を、見てます」

「滑れば、死ぬぞ」

「………それが出来るのなら、」


どれほど幸せか。


声にならなかった言葉は、しかし望美の心中にぐわんぐわん響いたし、どれだけ鈍い人間でも感じ取ることが出来ただろう。


「死にたいのか?」

「………」

背後から聞こえてきた、低くゆったりとした問いかけに、望美は答えられなかった。

自分の気持ちと植え付けられた意識が激しく争って、どちらの言葉も取り出せず。


「………海になりたい」


警鐘のように酷く耳障りな音を抑えつけて、こめかみをぎゅっと押さえて、呻くように絞り出した本音のカケラ。



それを聞いた相手がなんと思ったかわからない。

ただ、耳慣れぬ音が微かにした。
――知っていれば、それが刀の鍔を鳴らした音だとわかっただろう。

「では、」

艶やかな声が、愉しそうに、しかしどこか哀惜の響きをもって耳に届いた。


「殺してやろうか」




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