パラレル
□suicide
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波の音。
崖に絶えず打ちつけられ、派手な飛沫と音をたてて。
その音のひとつになれないかな、と、崖縁に立つ望美はぼんやりと考えた。
*
崖の上にぽつりと立つ望美の、紫苑の髪が海風に靡いて自由に跳ねる。
ひらひらと美しく舞い躍る丈の長い純白のスカートは、決して望んで着たものではなかった。
今の主人に雇われ、脳に絶対服従の意識を植え付けられた。
ロボットに与えられるルールと遜色ないその意識は、人間としての行動の幾つかを封じるもの。
例えば、殺人、違法行為、不服従……
―――そして、自殺。
死にたい、と、「人」の部分の自分は叫んでいるのだろう。
意に添わぬ結婚、永久(とわ)に約束された籠の鳥の日々。
だが、……「人」でなくなった部分は、死を決して許さない。
それが、ルールだから。
*
泣くこともできず、望美はただ立ち尽くした。
何時間も。
もうすぐ、街から迎えが来るだろう。
鳥籠が。
最後の我が儘として叶えられた、一人きりでの数時間の空白。
結局……何事もなく終わってしまいそうなその時間を、惜しみ、また、愛おしく思った。
じゃり、と砂を踏む音に、望美はぎゅっと目を瞑る。
とうとう来たか、と覚悟をしたが、どうしても振り替えれなくて。
睨みつけるようにして海を見続けていると、足音はほど近い距離をおいて止まった。
「…何を、している?」
「…海を、見てます」
「滑れば、死ぬぞ」
「………それが出来るのなら、」
どれほど幸せか。
声にならなかった言葉は、しかし望美の心中にぐわんぐわん響いたし、どれだけ鈍い人間でも感じ取ることが出来ただろう。
「死にたいのか?」
「………」
背後から聞こえてきた、低くゆったりとした問いかけに、望美は答えられなかった。
自分の気持ちと植え付けられた意識が激しく争って、どちらの言葉も取り出せず。
「………海になりたい」
警鐘のように酷く耳障りな音を抑えつけて、こめかみをぎゅっと押さえて、呻くように絞り出した本音のカケラ。
それを聞いた相手がなんと思ったかわからない。
ただ、耳慣れぬ音が微かにした。
――知っていれば、それが刀の鍔を鳴らした音だとわかっただろう。
「では、」
艶やかな声が、愉しそうに、しかしどこか哀惜の響きをもって耳に届いた。
「殺してやろうか」
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