*蒼星石ゆめ[RozenMaiden]
丸い月が、濃紺の夜空に浮かんでいる。
それを見たら、本当はもう眠ろうと思っていたのだけれど、少しだけ夜更かしをしてみる気になった。
けれど、一人では少し寂しい。
僕は開いた鞄のふちに腰掛けて、空の真円を眺めながら、机に向かっているマスターへと声をかける。
「ねえ、マスター。聞いてくれるかい?」
「ん? 何だ、蒼星石」
背後で、彼が椅子から立ち上がる気配。
そしてそう間を置かずに、後ろからマスターの両腕が回されヒョイと抱き上げられた。
僕が夜空を眺めているのが解ったんだろう、視界が遮られないように、窓へ向けなおしたらしい椅子に再び腰掛けたマスターの膝に乗せられて、僕は初めて視線を彼へと動かした。
後ろ手をつき、胸をそらすようにしてマスターを見上げる。するとその瞬間、ぽたりと雫が頬に落ちてきて少し驚いた。
ついさっき、お風呂からあがったばかりのマスターの髪の毛はまだ、水気を含んでしっとりとしている。
「きちんと乾かさないと、風邪を引いてしまうよ?」
「んー……自然乾燥は髪に良いらしいって聞いたけどなぁ」
マスターの生返事もいつものことだ。僕の頬に落ちた水滴をぬぐってくれる指先がやさしいのも。
「で、何だって? 今日は夜更かしか」
「うん。月が綺麗だったから……でも、マスターの邪魔をしてしまったかな?」
「いいさ、どうせレポートの提出はまだ先だしな」
軽い調子の返答とは裏腹に、僕には締め切り間際に慌てるマスターの様子がありありと想像できてしまったのだけれど、髪を撫でてくれる手が心地良いから、口には出さないでおこうと思う。
「それにしても、蒼星石もついに夜更かしなんて楽しみを覚えたのか。なんだか感慨深いなぁ」
「そう?」
「だって蒼星石は真面目だろ。優等生っていうか……反対に、早寝が嫌い、夜更かし大好きといえばヤンチャの入り口って感じだし」
「別に、眠ることが嫌いなわけじゃないよ。マスターの元に来てからは、ね」
「……どういう意味?」
マスターが不思議そうに首を傾げた。
ここはきれいに微笑みたいところなのだけれど、僕はうまく笑えないから、視線を空の月へ戻して誤魔化そう。
「目覚めることが約束された眠りは幸せだ。だってマスターは、もし僕の螺子が眠っているうちに切れてしまっても、絶対に薇を巻いてくれる」
そう、信じることができるから。
「そうして、僕の名を呼んで言ってくれるでしょう? 『お早う、蒼星石』って」
もしかしたら、お前が寝坊なんて珍しいな、なんて茶化してくれるかもしれない。
そんな想像すら、僕にはたまらなく、幸せで。
この人と契約できて、出会うことができてよかったと、心から想う。
「……そうだ、な。俺が起こされるばっかりじゃマスターの面目が立たないもんなぁ」
ほら、今もこうしてやさしく抱きしめてくれるんだ。
温もりが気持ち良くて、トクトクと響く心音が心地良くて、ああ、睡魔がやってくる。
「……眠くなってきたよ」
「そうだな。夜更かし初心者は、もうおやすみ」
「おやすみなさい、マスター」
また、明日。
あしたへの約束
(ふたりなら、明けない夜なんて無いのだから)