テキはどこだ

□カコハクシュ
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「ねぇ、獄寺君はトリノに行ったことある?」
綱吉がそう言い出したのは、オリンピックも終わったある日の事だった。
 もう少しメダルが取れればよかったのに、とか、でもやっぱり荒川は凄かったよね、とかの話題からどうしてそうなったのか。獄寺は少しばかり困って頬を掻いた。

<誓い>

 トリノに行ったことならある。というか住んでいた。それもまさにオリンピックに絡んでだ。
 10代目のご質問に嘘で返すわけにはいかない。半年程住んでいた、という返答に反応して次々に浴びせられる質問(「住んでたの?スゴいじゃん!どんな街だった?競技場には行った事ある?」何時か貴方の街になるのですから。そう答えたいのをなんとか堪える)に、獄寺は言葉を選びながら答えていく。

 獄寺がトリノに住んでいたのは、日本へ渡る直前だった。
オリンピックでは莫大な金が動く。当時ボンゴレの下部組織に形ばかりだが在籍していた獄寺は、その流れを監視する一人に選ばれた。年若い、幼いとすら言える獄寺に与えられるには、それは大きすぎる任務で。彼の周辺は一時騒然となった。
 トリノを根城とする同盟ファミリーに流れを向け、同時に敵対するファミリーを牽制する。口で言うのは簡単だが、地道で危険を伴うその任務を、獄寺は的確に遂行していった。会合の際の明晰さと小競り合いで見せる苛烈さのギャップは「スモーキン・ボム」の名を彼の街に知らしめ、獄寺の大抜擢を僻んでいた連中はやがて沈黙した。
 トリノから戻ってしばらくたってからだ。獄寺の日本行きが決まったのは。

―あの時、オレは試されていたのだ。
 今思い返して、獄寺はそう思う。手に余るほどの任務を与えることで、上層部は見極めようとしたのだろう。自分が、獄寺隼人が、10代目候補・沢田綱吉を守るだけの技量を持ちあわせているかを。
「・・・寺君!獄寺君ってば!」
 綱吉の声が思考の殻を突き破り獄寺の耳に届く。慌てて背筋を伸ばし、無礼を詫びる獄寺を手で制して、少し躊躇った後に綱吉は口を開いた。
「・・・帰りたいとか、思った…?」
「・・・・・・懐かしく思わなかったと言えば、嘘になりますね」
聞いたことを後悔する様に眼を伏せている主に、獄寺は言った。やっぱり、と言うように眉を下げて自分を見る綱吉が愛しくて、獄寺の頬に笑みが浮かぶ。ですが、と前置いて琥珀の瞳を見詰めた。
「オレが帰る場所は、イタリアではありませんから」

 懐かしい、と。テレビの向こうから聞こえる言葉に、映る街並みに。思わない筈はない。 
―それでも。

「オレは。オレの帰る場所は、此処ですから」
 左手を、一回り小さな右の手にそっと重ねる。掌がじんわりと熱を伝え。
―嗚呼。
小さく息を吐く。
守らなければ。この温もりを。何と引き換えにしてでも。
照れた様な綱吉の笑顔に、獄寺は誓った。

fin
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