ソノタ

□FREAKS
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「今も虫酸の走る素敵な劣等感と敗北感は
腹でうごめいたまま『全て食い潰せ』とけしかける」


 パチパチと音を立てながら,キャンプファイヤーが燃えている.しかし周囲にはその炎に相応しい,弾けるような笑い声も歌声もない.あるのはただ,恐ろしいまでの沈黙のみ.
 広場の隅の草むらが,がさりと大きく揺れる.揺れた葉先から伝い落ちる滴は夜露の色ではなく,燃え盛る炎よりもまがまがしく赤い.
 草むらが揺れたのは,何かが無造作に投げ出されたからだ.地面に放り出されたそれを,茂みの奥から歩いてきた男が拾い上げる.
 軟らかな「それ」(薄い肌色に包まれた,ごく小さな肉塊.―手首から先,だ)を見つめる眼は,狂気と狂喜に彩られている.掌に載せ,軽く握る.親しいものと,握手を交わすように.
 握手をしたまま,男はくるくると回り出した.踊っているようにも見える(そう,フォークダンスか何かを).彼の口から零れるのは,調子の外れたハミング―「オブラディ・オブラダ」.
 大きく振りまわした勢いで,赤い滴が飛び散る.緑の草に,茶色い地面に.そのコントラストに見とれながら,男は頬に飛び散った滴をなめ取った.甘い,鉄錆の味.思わず笑みが漏れる.
 断面に,口を寄せる.やわらかな肉と硬い骨の感触の違いを楽しむように,舌を這わせる.零れた血も,無駄にしないように.青白い肌を濡らすそれをゆっくりと味わう.指を,爪を.生命線に入りこんだ血を舐め取った時,かすかに土の味がして,彼は眉をひそめた.「持ち主」が這うようにして逃れようとしていた事を思い出す.
 やがて綺麗になった手首から先(だったモノ)を見て,男は満足そうに笑った.今度は丁寧に地面に置いて,再び歩き出す.広場の中心,キャンプファイヤーに向かって.
 足元で,血溜まりが小さなしぶきを上げる.波紋に揺られて,浮かんでいた眼球が上を向いた.黒い瞳が男の姿を映し出す.
 がっちりとした肉付きのよい体格.巨大なナイフを持つ手は太く,指の一本一本が赤ん坊の腕くらいはありそうだ.歪んだ笑みの奥に覗くのはぼろぼろになった乱杭歯.歯の隙間に,何かが挟まっているのだろうか.舌が蠢き,歯の裏側から強く押している.
 手を伸ばせば炎に触れる所まで来て,男は足を止めた.鼻を鳴らし,あたりに満ちる臭いをかぐ.その場にあぐらをかきながら,地面に突き刺したバーベキュー用の串をつかんだ.肉屋には決して陳列される事のない肉を,口いっぱいに頬張る.
―やっぱり,内臓が一番旨いぞぉ.
 肉汁を口から滴らしながら,男はそう言った.
声は夜気を揺るがし,空気を腐食させていく….
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