進若A

□メイドさん
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「こんなの…無理だよ…」


ハンガーにかかったその「衣装」を鏡の前で合わせて、若菜は弱々しいため息をついた。
数ヶ月前に見た桜庭のその姿はとても似合っていて皆に感嘆の声を吐かせていたものの、
自分は到底そんなレベルではないと自負しているし、第一、恥ずかしがり屋な性格上、
こんな衣装を着た姿を皆の前で見せるなんて、若菜にとっては裸同然の羞恥だった。
なぜそうなったかというと、本当に些細なことで、練習で疲れた部員達の気まぐれな会話からだった。









「あ〜桜庭のメイド!」

アメフト部の紹介ホームページに載せる写真をどれにしようかと
部室で選んでいるときのこと。王城祭でメイド服を着た桜庭の写真を
中脇が取り上げて笑ったのが、ことのはじまりだった。

「いつ見ても似合ってんなぁ〜!」
「ちょっ、ちょっと!なんでこんな写真あるんスか!」
「あのメイド桜庭でかなり人数呼べたからなぁ〜」
「俺は泥門のマネージャーとチアの子のメイドが見たかったけどな!」
「っていうか大田原のサイズとかよく用意できたよな」
「ん?ちょっと待てよ、あのチアの子がメイド服着てる可能性があったってことは…」

頂のその言葉に、部員全員の視線が一斉に向けられたのは、
王城マネージャーである、若菜だった。
演劇部に行けば小さなサイズのメイド服があるかもしれない。
桜庭は可愛かったが、大田原はアレだったから、可愛いメイドを見てみたい。
ということの成り行きで、事が進むのははやく、
懇願された揚句、Sサイズのメイド服を手に更衣室に入れられて、今に至るのである。






「若菜さん、まだ?!」
「えっ、あ、ちょっと待って下さい…!」

更衣室のドアの向こうで、待ちきれないといった様子の部員達の声がしている。
ホワイトナイツのメンバーは高見のような落ち着いた優しい人が多いけれど
変なところでノリがいいところもあるから、こういうときは逃げ場がなかったりもする。
こうも部員達が期待した状態でジャージ姿で出て行って落胆の表情を見てしまうのも辛いし、
こうして待たせれば待たせるほど期待値が高まってしまうことも知っている。
若菜は意を決すると、白と黒の2トーンのメイド服のジッパーを下ろした。







「き、着ました…」


メイド服と合わせるためにポニーテールにしていた髪を下ろしてから、
ためらいながらもおずおずと更衣室のドアを開いた。
しかしそこには、感嘆の声も落胆の声も、というか何の声もなく、
顔を挙げた若菜の目の前にいたのは、中脇でも桜庭でも高見でも大田原でもなく。





「え!?し、進さん?!」





瞬時に顔を真っ赤にさせて、若菜が声を挙げると、
まさか更衣室から出てきた若菜がそのような格好をしているとは知らなかった様子で
普段は滅多に表情を変えないはずの進が驚きの表情を浮かべたまま硬直していた。


「な、なんで進さんが……」


服を着ているにも関わらず、つい手で身体を隠してしまった。
メイド服云々で盛り上がっていたときに進は外に走りに出ていたはずだし、
こんな姿を一番見せたくないと思っていた人ただひとりが目の前にいるものだから。


「…部室に戻ったら、更衣室の前で待っていて若菜を部室に連れて来いと上村さんに言われたのだ」

「そんな……」


どうしてよりによって進さんなんですか…。
メイド服を着た自分を見た進さんの反応と、それに対する自分の反応を面白がるためなら絶対にどこかに部員達は隠れているはず。
若菜が部室棟の廊下を見渡すと、身を隠す人たちの気配と、なんやかんや小さく騒ぎ立てる声が聞こえてきて、頭が痛くなった。
良いチームメイトに恵まれた!と自虐的な思いを胸一杯に込み上げさせながら。




「どういう経緯でそうなったかは知らぬが…」

「う……」



「その格好で部室に戻るつもりなら辞めたほうが良い」





しげしげとメイド服の若菜を眺めて、進が眉間に皺を寄せた。
自分がメイド服を着るに相応しい外見でないことだって、
彼が他人に興味がないとしてもメイド服のような俗っぽい趣味を嫌うことだって知っているけれど、
そんなに直球で似合わないといったようなニュアンスで言われたら、女心は傷ついてしまもの。

生意気にも傷ついてしまったことを悟られないように


「に、似合わないですよね!皆に着ろって言われたけど、見せるの…辞めました」


と笑顔を浮かべて早口で言い切った。
どうせ陰で隠れて部員達だってもう見ているし、あこがれの先輩にそう言われてしまっては立場がない。
逃げるように後手で更衣室のドアノブに左手をかけると、
急に進の大きな手に腕を掴まれ、引っ張られた。



「ひぁっ!」

「すまない」

「何がですか…あの、えっと、」



引っ張られて近づいた彼の身体に、急激に鼓動が早まる。
走ってきた直後の濡れた彼の身体や、彼の息遣いまで意識してしまう自分がいて、
早く離れてください心臓が持たないので!と心の中では叫ぶのに、実際には声さえ出なくなったりもして。


「あの、その、あ…の、着替えてくるので、は、離してください…」

「似合わないといった意味ではない」

「そんな、気を遣わなくて大丈夫です、似合ってないって自分でわかって…」

「違う、そうではない」

「……?」





「その、若菜の姿を、他の男に見られるのが面白くないというか、嫌だった」





鼓動が速い。
自分の音?それとも、彼の胸の中でうっている音?
どうしたらいいのかわからずに、助けを求めるように彼を見上げると、
彼は相変わらずの仏頂面を浮かべてはいるものの、その頬は赤く色づいていたりもして。
目が合うと、進は若菜の腕を離して、ぱっと離れた。
離れた距離に、気まずさが流れて、若菜は咄嗟に更衣室のドアノブに再び手をかけた。



「変なことを言ってすまない」

「や、い、いいえ!」

「どのような服かはわからんが、似合っているとは思った」



それだけ言って、彼は身を翻して部室のほうに行ってしまったので、
若菜も逃げ込むように更衣室に戻って、未だ騒ぎ立てる心臓に手をやって
そのままへたりと座り込んでしまった。




「他の男に見られるのがイヤって…どういう…」


ばくばくとうるさい左胸。
濡れた彼の肌に張り付いたシャツ。
私を見ていた彼の表情。

もしかして・なんて浮かんでしまう考えを必死に否定しながら、
どうしたって緩んでしまう口元だけは隠すことができなかった。
















そして一方、廊下の角に隠れていたホワイトナイツのメンバーはというと…、



「ちょ、桜庭、どうなってんだよ、あの2人!」
「俺に聞かれても知りませんよ!あんな進初めて見ましたよ…」
「俺らどんな顔して部室戻れば良いんだ!」
「あいつら俺らに気づいてないよな?見せ付けてきたとかそういうのじゃないよな?!」
「これからしばらく若菜と進先輩の顔、ちゃんと見れないかもしれない…」



と、自分達で蒔いた種の想定外の行方に、なんとも言えない表情と気まずさを抱えて
進の待つ部室に重い足取りで戻るのだった・・・・。






END
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