OTHERS

□小悪魔
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「あなたは、賞味期限にうるさい方ですか?」

彼女が分厚い本を一生懸命に目で追いながらその質問を口にしたので、
俺は、なんだそのくだらない質問は、と言ってしまいそうになるのを慌てて飲み込んだ。
自炊の経験はないから賞味期限というものに出くわしたことはあまりなかったけれど、
確かに考えてみれば賞味期限を1日でも過ぎた牛乳なんかは決して手を出さないタイプであるかもしれない。

「イエス、かな」

と答えると、彼女は持っていた分厚い本のページにある矢印に指を滑らせた。
彼女が試している心理テストの結果よりも、マニキュアも指輪もしていないその指が至極細かったことに、俺は心を惹かれて。
例えばそのように指が細かったり、いつも同じ髪型にしている黒髪がとても艶やかだったり。
幼げな顔立ちが見せるふとしたときの表情がとても美しかったり。
彼女がふいに見せる女らしさに、俺ははっと気付かされると同時に、激しい嫉妬にかられてしまう。

「『あなたのタイプは小悪魔系です』だって。当たってる?」

持っていた本を口元にやって、彼女が笑った。

彼女に、嫉妬なんて言う醜い感情をぶつけてしまうことは、決してできない。
けれど、会えない時間が、遠い距離が、彼女の美しさが、俺をとても不安にさせる。

その細い指を、艶やかな黒髪を、
ふいに表れる大人びた表情を、
大きな目を、紅い頬を、
俺以外に見せないでくれないか。

そう言って抱き締めてしまえたなら。
そう言って抱き締めて「しまった」なら、きっと彼女を傷つける。

「ある意味、当たってるかな」

そう答えると、彼女は天使のような微笑を浮かべて俺を見上げた。
誰かに見上げられたことなんて、あまりなかったから。
俺はそっと、本当にそっと。壊れないように、傷つけないように彼女を抱き締めた。

「甲斐谷君…、私は小悪魔じゃない、ん、ですけど」

困ったように眉をよせて、
彼女が言った。
その表情とか、髪から香るシャンプーの香りだったりとか。

「…十分、罪だと思うんだけど」
「え?」
「いや、なんでもない」
「……」
「ごめん、もうちょっと、」

もうちょっと、このままで。

そう口に出すより先に、彼女の小さな頭が、俺の肩にこてん・と倒れた。
本当に、
天使なんだか、

悪魔なんだか。



(君が例え小悪魔でも、俺が君に惚れているのは事実だけど!)

End
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