OTHERS

□笑顔
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「あ」


日曜の午後、大手スポーツ用品店。
キッドさんが声を出したから、何気なく目を遣った。
そして、彼女を、見つけてしまったんだ。


『笑顔』


彼女はこちらに気がつくと、小動物を彷彿とさせる顔に笑顔を浮かべた。
彼女は笑顔が似合う顔なのに笑顔を見たことはあまりないな、と考えてみると、
俺が彼女を見るときはいつも『ホワイトナイツの勝利を祈っている』時だからだという答えに
簡単にたどり着くことが出来た。

「買出しかい?」

彼女の細い腕にぶら下がった買い物カゴの中身を見て、キッドさんが尋ねた。
キッドさんは他校の人と話すことが多いから、きっと彼女とも面識があったのだろう。
箱買いのプロテインやらテーピングやら、明らかに部の備品をカゴに入れていた彼女は、
まったく人見知りすることもなく、キッドさんに笑顔を向けていた。

「はい」
「大変だねえ」
「キッドさん達は…?」

そう言いながら、彼女はひょこっと首を傾げ、ベンチに座っていた俺を見ていた。
校区が違いすぎるために見慣れない制服だったが、白を基調とした清潔感のある王城の制服は、まるで彼女のために作ったかのように彼女の雰囲気に似合っていた。

「スパイクをね、買いに」

西部にはいないような可憐な女を目の前にして戸惑っている俺が可笑しかったのか、
キッドさんは口の端に含み笑いを浮かべながら、俺の代わりに答えた。
キッドさんは何かと鋭い人だから。

「ほら、陸も挨拶しなさい」

まるで保護者のように、完全におもしろがりながら、キッドさんが俺のほうを向いた。
彼女はそれを知ってか知らずか、丸い目を俺に向けて、にこりと・微笑み。

「甲斐谷陸です」
「…若菜小春です」

そう言って、彼女は、ふふ・と笑った。

「そういえば、甲斐谷君と話すのは初めてだね」

甲斐谷君。
と呼ぶ人はあまりいないから、少し、ほんの少し、むず痒さを感じる。

「まあな」
「大会でよく見るから、なんだか知り合いになった気分でいたの」

ふふふ・と、また。彼女が笑った。
彼女の笑い声は小気味良いリズムを奏でるようで、俺も無意識のうちに、
少し、笑ってしまっていた。

「あ、そのスパイク」
「え?」
「月刊アメフトに載ってたやつ」

彼女が少し目を輝かせて言った。
素直に、可愛い人だと思った。

「へえ。読んでるんだ」
「うん。…ほら、進さんとか、載ってるから」

彼女がまた嬉しそうに笑ったから、そのときは、俺に向けられた笑顔だと、勝手に。

「そのスパイク、かっこいいって思ってたんだ」
「ふうん…」
「うん、かっこいい」

彼女が笑って、キッドさんに「ですよね」と同調を求めた。
ああ、こんなにも笑う人なんだな、と思う。
さっきまで「デザインが悪い」とかなんとか言っていたそのスパイクに目を落とすと、
急にすごく輝いて見えた、ってのは言い過ぎかもしれないけど、実際そうだった。



安直な男だと、笑ってくれてもいい。

彼女がそう言って、また笑顔を見せてくれるなら。



帰り道、例のスパイクが入ったスポーツ用品店の袋を見て、キッドさんは何度も笑った。


end
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